眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
新田がパトカーから降りてくる姿を、花音と早瀬はほとんど無言のまま見つめていた。
その手に握られているのは、ようやく到着した令状。

その紙一枚が、扉の向こうの世界への唯一の鍵だった。

「私が最初に入ります」
花音が小さく言った声は、どこか震えていた。
「安全が確認できたら、結咲ちゃんの保護をお願いします」

「……はい」
早瀬が静かに頷く。
その目が、花音の緊張を誰よりも理解しているように、深く、真っ直ぐだった。

玄関前では、滝村が合鍵を受け取って戻ってきていた。
制服の交番員とともに、最後の確認が行われる。

「救急隊、待機完了しています」
現場に到着していた救急隊員の一人が、短く報告する。
すでに救急車の後部扉は開かれ、ストレッチャーがセットされ、酸素投与の準備まで整っていた。

「開けます」

滝村がそう告げると、皆の呼吸が一瞬止まる。
合鍵が差し込まれ、慎重に、しかし確実に扉が押し開けられていく。

ぎぃ……

その瞬間、部屋の中から一気に押し寄せる熱気。
まるで密閉されたサウナのようだった。
エアコンは止まり、窓はすべて閉じ切っている。
明かりもついていない室内に、どこか生温かく不気味な沈黙が満ちていた。

「……異常なし。ガス臭なし、火気なし。入ってください!」

先に中へ入った滝村が安全確認の声を上げる。
花音がすぐさま後に続き、早瀬がそれを追った。

熱が皮膚を刺すようにまとわりつく。
呼吸が浅くなる。だが、構わない。

「結咲ちゃん……」
花音が声をかけながら、視線を室内に走らせる。

クッションの影――小さな、あまりにも小さな身体が目に飛び込んできた。

「いた……!」

花音はすぐさま膝をつく。
汗で髪が額に張りつき、呼吸も浅く、目は半ば閉じられている。

「結咲ちゃん、結咲ちゃん! 聞こえる? 」

応答はない。でも、胸はかすかに上下していた。
すぐに後ろから覗き込んできた早瀬が、安全を確認しながら新田を呼ぶ。

「新田さん!」

「意識混濁、でも呼吸あり、脈ありです!」

「搬送急いで!」

「お預かりします!」

救急隊員が即座に割って入り、タオルを広げて結咲を優しく包み込む。
そのまま担ぎ上げ、まるで光を抱えるようにして走り出した。

「室温、40度近く……搬送急ぎます!」

夜風が微かに揺らぐ中、白いタオルに包まれた結咲が、隊員の腕の中で揺れながら玄関を飛び出していく。
ストレッチャーへは向かわない。
そのまま救急車まで、抱きかかえて駆ける。

花音は追いかけようとして、足が止まった。
玄関の前、誰かの押し殺した息が、夜に滲んでいた。

誰かが泣いているのかと思った――でもそれは、彼女自身の喉が軋む音だった。

「結咲ちゃん……」

もう、声は出なかった。
あとはただ、願うしかなかった。

──どうか、間に合って。
──どうか、あの笑顔がもう一度、戻ってきて。

現場の熱は、まるでまだ誰かの不在を責め立てるように、容赦なく立ち込めていた。
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