眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
救急隊員が結咲を抱きかかえて救急車に駆け込んだ直後、早瀬と警察官たちは迅速に動いた。

「確認します!」

早瀬の指示と同時に、新田と滝村が部屋の中を手分けして確認していく。
寝室、リビング、バスルーム、ベランダ──隅々まで目を凝らし、物音に神経を尖らせながら進む。

だが、母親の美咲の姿はどこにもなかった。
室内には、子どもの気配だけが、痛いほど色濃く残されていた。

「……不在です。母親はこの場にはいません」
早瀬の報告に、花音は静かにうなずいた。
喉の奥がじんと焼けるように痛んだが、今は動かなくてはならない。

彼女はスマートフォンを取り出し、震える指で朝岡の番号を押した。

数コールの後、電話がつながる。

「佐原です。……結咲ちゃん、無事に保護されました。呼吸と脈は確認できています。すでに救急車で搬送中です」

緊張で詰まりそうになる声を抑えながら、端的に報告する。

電話口の朝岡は、即座に応じた。

「わかった。病院には私が行く。あなたは現場に残って。母親との連絡を最優先して」

「……はい」

短い返答のあと、通話が切れた。

ふ、と肩から力が抜けた。
気づけば、花音の頬を一筋の涙がつっと流れ落ちていた。

まだ、無事が確認できたわけじゃない。
意識は戻っていないし、予断は許されない。

けれど確かに、あの子は──息をしていた。
鼓動があり、命が、そこにあった。

それだけで、たとえようのない重圧の中に、一滴だけ灯った希望のようなものが、花音の中で静かに広がった。

彼女はゆっくりと玄関に戻り、サウナのように蒸した部屋の中で立ち尽くす。
ぼんやりと、まだ動悸の収まらない胸に手を当てる。

──もし、あと30分遅れていたら。
──もし、あの声が聞こえていなかったら。

考えたくもない結末が、ついさっきまですぐそばにあったことに、震えが止まらなかった。

深呼吸をした。だが、吐く息の方が冷たい。
部屋の空気はまだ動かず、よどんでいる。
まるで、この家そのものが何かを黙って訴えかけてくるようだった。

今、ここにいない美咲が、どこにいるのか。
なぜこの子を置いて、出ていったのか。

問いは喉元まで来ていたが、答えはまだ遠い。
それでも、花音はまた携帯を手に取り、美咲の番号を呼び出す。

連絡がつくまで、諦めるわけにはいかなかった。
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