蓮音(れおん) ―君に遺した約束―

『近づく覚悟』


ーー

それから――

母と私の間に
見えない壁みたいなものが、どんどん積み上がっていった。

 

「最近、変わったわよね」

 

夕食中
ぽつりと母が言った。

 

「なにが?」

 

なるべく
普通の声を装ったけど

 

母はじっと私を見てくる。

 

「隠しても無駄よ」

 

「……隠してないよ」

 

「学校でも噂になってるって聞いたの」

 

「――不死蝶會。美咲」

 

一瞬、心臓が止まるかと思った。

 

どうして
もうその名前を知ってるの…?

 

母の目が
いつもより鋭く光ってた。

 

「関わってるんでしょ? 暴走族の総長なんでしょ?」

 

「……」

 

何も答えられないまま
唇を噛んだ。

 

「美咲…どういうつもり?」

 

「ただの知り合いだよ…」

 

苦しくて
やっとの思いで、そう返す。

 

でも母は
一歩も引かなかった。

 

「知り合い?そんな世界の人と?」

 

「普通の生活したいなら、関わるのはやめなさい」
「いい?美咲」

 

声が少し震えていた。

 

それは――
怒りだけじゃなく

 

“恐怖”だったと思う。

 

私がどこかに連れていかれてしまうんじゃないか
そんな母の不安が伝わってきた。

 

でも

 

私の中では
もう、なにかが少しずつ変わり始めていた。

 

怖いはずだったのに。

 

あの人の
あの背中のあたたかさが
心の奥に残ってる。

 

危ないって分かってる。
母の心配も分かってる。

 

それでも
離れたくないと思ってしまう自分がいた。

 

ーー

 

次の日の放課後。

 

また偶然だった。

 

信号待ちをしていた時
向こうの歩道に黒いジャケットが見えた。

 

蓮だった。

 

気づいた彼も
静かにこちらを見た。

 

数秒間
目が合ったまま。

 

でも何も言わず
彼はそのまま歩き去っていった。

 

ーー

 

胸が、ずきんと痛んだ。

 

ほんの少しでいいから
声をかけてほしかった。

 

でも
蓮はそれをしない。

 

それが彼なんだって
頭では分かってるのに

 

……涙が滲んだ。

 

気づけば
心が勝手に求め始めてた。

 

“もっと近づきたい”

 

でも
同時に怖くて苦しい。

 

ーー

 

その夜

 

帰宅してリビングに入ると
母と父が静かに向き合っていた。

 

「…もう私たちじゃ止められないのかもしれないわ
でも親として――」

 

母の声が途切れたところに
私が入ってしまった。

 

気まずい沈黙が流れる。

 

「……あの人と付き合うつもりなの?」

 

母の目が、私を貫いた。

 

「……まだ、そういうんじゃ…」

 

「じゃあ今やめなさい」

 

「……」

 

「もし、これ以上関わるなら親子の縁は切るから」

 

静かな声だった。

 

でも、重く
刺さるような言葉だった。

 

涙が溢れそうになったけど
耐えた。

 

「……わかった」

 

その”わかった”が
どっちの意味なのか

 

自分でもまだ分からなかった。

 

でも
どこかで少しずつ

 

答えは
決まりつつあったのかもしれない。

 

ーー
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