わがおろか ~我がままな女、愚かなおっさんに苦悩する~
忍者行動再開 (シノブ50)
だけどもこれは演技かもしれない、とシノブは思った。こいつは兄が雇ったものかもしれない。
「いてええええんだよボケ! 離せ離せよ!」
左手を振るって暴れてきたので、シノブは試しに角度をつけて力を加えてみる。こうすれば痛さのあまり抵抗することがなくなる。いつもやってきたこと、自分の得意だった技の掛け方。
「ひいいいいい!! 折れる、折れる!」
男の左手は地面を叩きだした。左手に痛みを与えて痛さを分散させるという人間の本能的な行動。この男は演技ではない。本気で痛がっている。自分は技を掛けそして相手は技に掛かっている。折れない折れない痛いだけだよ、といつもの気持ちになるがまだ安心はできない、とシノブは技を解いて間合いを取った。
「よっよくもやってくれたなこのクソ女!」
涙と脂汗にまみれた男の顔が安堵と切なさと哀しみと怒りの斑模様となってシノブを睨みつける。その顔、それ、とシノブは悦楽の気分となった。敵はいつも私にその顔を見せてくれる。
そして、私に敗れる。
男はナイフを取りだすと威嚇しだした。だがシノブは暗がりの中で微笑み、心の中で感謝する。それを出したらもう手加減は出来なくなる。しなくていいってこと。ありがとう、これで心置きなく全力で戦える。あなたも私にとって凄く都合のいい男なのね。
「なっなに笑ってんだテメェおい! これが見えないのか? いますぐそこで土下座しろやボケ!」
「あなたがナイフを手に取っているのは見えるわ。ひとつ聞きたいんだけど受け身は取れる? 下は固いから危ないと思ってさ」
「ああん? なにふざけたこと言ってんだオメェはよぉ! ごちゃごちゃ言ってねぇでほらやれよやれってんだ!」
男がもう一度ナイフを振り回し突き出し威嚇をしてきたその瞬間、シノブも動きだす。ナイフの逆側の男の左懐に入り左掌底でその顎を突きあげると同時に右手を男の腰に当てそこを支点にして男の頭を地面へと押し倒した。
頭が地面に当たる音がした。受け身は取れなかったようで、喚き散らしうるさかった男は静かになった。手から離れたナイフが地面の石にあたり金属音が鳴る。シノブはそれを拾い上げ闇夜の天に掲げ、心中にて咆えた。
私は、帰ってきた! 私の力は戻った!
「がっああ……」
男が呻いている。生きているようだ。
「あっでも半分ぐらいかな? 半殺しというやつね。生きててよかったね」
男の様子を見ながらシノブは己の力量をそれぐらいだと計った。半分程度、だがそれでも中程度の忍者ぐらいの力量である。本来のシノブは忍者二人分以上の力量を有する恐ろしい忍者であった。
「久しぶり過ぎてこれぐらいでも自分の実力だと見誤っちゃった」
自嘲しながらシノブは走った。そうだ走れるのだ。以前よりかは遅いが一般人よりも少し早いぐらいの速力。これが私、ではまだないけれど、とりあえずの私だ、とシノブは己の体力回復を不可解ながらも喜んだ。しかし、と思う。どうしてだ? そもそもこれが何が原因で起こったものかも不明だ。様々な呪術は知っているが一時的なものならともかく、あんなに長い間継続的に弱体化させる術など聞いたことがない。しかもこの自分に対して。そう自分で言って何だが、このシノブの能力はずば抜けて高いというのにそれをほぼ0にまで下げてしまうとは。
「マチョどもめ。なんて恐ろしい呪術を。まさに魔女で悪女!」
シノブは呪術の原因考察をそこでやめた。そこは考えてもしょうがないと合理的に判断する。考えても解決しないことは考えない!
「だがもう解け出している。時間のせいかそれともさっきの……悲しみで?」
アカイのことで失望したから? 駆けていたシノブの足はそこで止まる。どうして止まる? とシノブは思うも、もう一度考える。だからなんで私はあんなアカイごときの存在でクヨクヨしているんだ? だってもう一人で戦えそうだしそうなったらもう……もう?
このまま一人で使命を全うする……できるの? このまま順調に力が戻ればできる……そうだというのに、確信が揺らぐのはどうして?まるでアカイがいたらいいのに、と思ったりして。
「お前は弱くなった!」
シノブは自らを叱責する。
「男とずっといたせいで腑抜けになった!」
叫びと共にシノブは再び走り出す。アカイに会ったら、倒してもいいかもしれない。私を弱くした一端はあいつにもあるはず! アカイの魔力は私には向けられない。だってあの魔力は私への……私への? いやいやもう考えなくていいあいつのことは! 不合理と不条理の塊のことは考えない方が良いって。
もう置いて行くんだ。私はこのように一人で戦えるようになったんだから。そうとなったらまず必要なのは自分の荷物、ということで宿屋に戻って部屋を開けると案の定アカイはいない。いないのは分かっていた。あいつなら私を探しに町中を駈けずり回っているはずだから。そう見つかるまであいつはそういう男……だからなんだというのか? はいはい分かりましたよということで置手紙を一枚だけ机の上に置いた。
『私は無事であとは私一人でやります。だから捜さないでください』
こういう手紙って逆に捜してという意味で取られそうなのは癪だがしょうがない。お願い捜してとか書きようが無いのだから。そういうことで私は久しぶりに忍者衣装を身にまといそれから荷物を手に持った。持てる、楽々と持てるのだという感動を味わいながら私は部屋の窓を開いた。
夜が眼の前に広がっており中央の城が目に入る。周辺を兄たちが警護をしているが私なら王子の元へ行けるだろう。兄と護衛達を欺き倒しそこへ到達できる
一人で、私だけで。
これでいいんだとシノブは自分に言い聞かせる。これで、もう、いいのだと。だがシノブは一度部屋を振り返った。誰もいない。一秒待った。なにかを待った。しかし何の変化もない。誰も部屋には入ってこない……帰って来ない。シノブは首を振りそれから闇夜へ飛び込んだ。
目指すは王子の元、己の使命を果たす為に忍者シノブ、行動再開。
「いてええええんだよボケ! 離せ離せよ!」
左手を振るって暴れてきたので、シノブは試しに角度をつけて力を加えてみる。こうすれば痛さのあまり抵抗することがなくなる。いつもやってきたこと、自分の得意だった技の掛け方。
「ひいいいいい!! 折れる、折れる!」
男の左手は地面を叩きだした。左手に痛みを与えて痛さを分散させるという人間の本能的な行動。この男は演技ではない。本気で痛がっている。自分は技を掛けそして相手は技に掛かっている。折れない折れない痛いだけだよ、といつもの気持ちになるがまだ安心はできない、とシノブは技を解いて間合いを取った。
「よっよくもやってくれたなこのクソ女!」
涙と脂汗にまみれた男の顔が安堵と切なさと哀しみと怒りの斑模様となってシノブを睨みつける。その顔、それ、とシノブは悦楽の気分となった。敵はいつも私にその顔を見せてくれる。
そして、私に敗れる。
男はナイフを取りだすと威嚇しだした。だがシノブは暗がりの中で微笑み、心の中で感謝する。それを出したらもう手加減は出来なくなる。しなくていいってこと。ありがとう、これで心置きなく全力で戦える。あなたも私にとって凄く都合のいい男なのね。
「なっなに笑ってんだテメェおい! これが見えないのか? いますぐそこで土下座しろやボケ!」
「あなたがナイフを手に取っているのは見えるわ。ひとつ聞きたいんだけど受け身は取れる? 下は固いから危ないと思ってさ」
「ああん? なにふざけたこと言ってんだオメェはよぉ! ごちゃごちゃ言ってねぇでほらやれよやれってんだ!」
男がもう一度ナイフを振り回し突き出し威嚇をしてきたその瞬間、シノブも動きだす。ナイフの逆側の男の左懐に入り左掌底でその顎を突きあげると同時に右手を男の腰に当てそこを支点にして男の頭を地面へと押し倒した。
頭が地面に当たる音がした。受け身は取れなかったようで、喚き散らしうるさかった男は静かになった。手から離れたナイフが地面の石にあたり金属音が鳴る。シノブはそれを拾い上げ闇夜の天に掲げ、心中にて咆えた。
私は、帰ってきた! 私の力は戻った!
「がっああ……」
男が呻いている。生きているようだ。
「あっでも半分ぐらいかな? 半殺しというやつね。生きててよかったね」
男の様子を見ながらシノブは己の力量をそれぐらいだと計った。半分程度、だがそれでも中程度の忍者ぐらいの力量である。本来のシノブは忍者二人分以上の力量を有する恐ろしい忍者であった。
「久しぶり過ぎてこれぐらいでも自分の実力だと見誤っちゃった」
自嘲しながらシノブは走った。そうだ走れるのだ。以前よりかは遅いが一般人よりも少し早いぐらいの速力。これが私、ではまだないけれど、とりあえずの私だ、とシノブは己の体力回復を不可解ながらも喜んだ。しかし、と思う。どうしてだ? そもそもこれが何が原因で起こったものかも不明だ。様々な呪術は知っているが一時的なものならともかく、あんなに長い間継続的に弱体化させる術など聞いたことがない。しかもこの自分に対して。そう自分で言って何だが、このシノブの能力はずば抜けて高いというのにそれをほぼ0にまで下げてしまうとは。
「マチョどもめ。なんて恐ろしい呪術を。まさに魔女で悪女!」
シノブは呪術の原因考察をそこでやめた。そこは考えてもしょうがないと合理的に判断する。考えても解決しないことは考えない!
「だがもう解け出している。時間のせいかそれともさっきの……悲しみで?」
アカイのことで失望したから? 駆けていたシノブの足はそこで止まる。どうして止まる? とシノブは思うも、もう一度考える。だからなんで私はあんなアカイごときの存在でクヨクヨしているんだ? だってもう一人で戦えそうだしそうなったらもう……もう?
このまま一人で使命を全うする……できるの? このまま順調に力が戻ればできる……そうだというのに、確信が揺らぐのはどうして?まるでアカイがいたらいいのに、と思ったりして。
「お前は弱くなった!」
シノブは自らを叱責する。
「男とずっといたせいで腑抜けになった!」
叫びと共にシノブは再び走り出す。アカイに会ったら、倒してもいいかもしれない。私を弱くした一端はあいつにもあるはず! アカイの魔力は私には向けられない。だってあの魔力は私への……私への? いやいやもう考えなくていいあいつのことは! 不合理と不条理の塊のことは考えない方が良いって。
もう置いて行くんだ。私はこのように一人で戦えるようになったんだから。そうとなったらまず必要なのは自分の荷物、ということで宿屋に戻って部屋を開けると案の定アカイはいない。いないのは分かっていた。あいつなら私を探しに町中を駈けずり回っているはずだから。そう見つかるまであいつはそういう男……だからなんだというのか? はいはい分かりましたよということで置手紙を一枚だけ机の上に置いた。
『私は無事であとは私一人でやります。だから捜さないでください』
こういう手紙って逆に捜してという意味で取られそうなのは癪だがしょうがない。お願い捜してとか書きようが無いのだから。そういうことで私は久しぶりに忍者衣装を身にまといそれから荷物を手に持った。持てる、楽々と持てるのだという感動を味わいながら私は部屋の窓を開いた。
夜が眼の前に広がっており中央の城が目に入る。周辺を兄たちが警護をしているが私なら王子の元へ行けるだろう。兄と護衛達を欺き倒しそこへ到達できる
一人で、私だけで。
これでいいんだとシノブは自分に言い聞かせる。これで、もう、いいのだと。だがシノブは一度部屋を振り返った。誰もいない。一秒待った。なにかを待った。しかし何の変化もない。誰も部屋には入ってこない……帰って来ない。シノブは首を振りそれから闇夜へ飛び込んだ。
目指すは王子の元、己の使命を果たす為に忍者シノブ、行動再開。