『夢列車の旅人』 ~過去へ、未来へ、時空を超えて~ 【新編集版】

(3)→1505年


 電車に乗っていた。
 しかし、行先の表示は出ていなかった。
 ディスプレーは点滅を繰り返すばかりで、何を表示しようかと悩んでいるようにも見えたが、突然、急ブレーキがかかって電車が止まった。

 駅名は出ていなかった。
 予定のない駅に停まったのかも知れない。
 窓から外を見ると、プラットホームの照明は消えていた。
 僅かな月明りに照らされているだけだったが、目を凝らしていると、人影が見えた。
 そしてそれは、こちらに近づいていた。

 少しして、電車のドアが()く音が聞こえた。
 その途端、座席が二つになった。
 客はわたしだけではなさそうだ。
 とっさに身構えて、拳を握った。
 変な奴だったら戦わなければならない。
 すぐにファイトできるように腰を浮かせて待ち受けた。

 連結のドアが開いた。
 しかし、誰も入ってこなかった。
 ドアは開きっぱなしになっているので誰かがいるのは間違いないが、中に入ってこようとはしなかった。
 そいつも用心しているのかもしれない。
 気配を感じるために五感を研ぎ澄ませた。
 あらゆることに対応できるようにしておかなければならない。
 心臓のドックンドックンという音を感じながらも、一心に連結部分を見つめた。

 手が見えた。
 右手だった。
 目の前に何もないことを確認するかのようにゆっくりと左右に動いた。
 わたしは立ち上がって臨戦態勢に入り、その右手を掴んでぐっと引いた。
 すると「ワッ」という声と共に顔が見えた。
 強張(こわば)っていたが、見たことのある顔だった。
 思わず叫んだ。

「高松さん!」

「今仁君!」

 叫び返した彼の目は信じられないくらい大きく見開かれていた。

「どうして……」「どうして……」

 二人の声が重なると、高松さんは両手を広げて、肩を少し上げた。
 どうなっているのか、まるでわからないというように。

 それは、わたしも同じだったが、彼を落ち着かせるために窓側の席に座るよう促した。
 しかし彼は通路側の席に浅く腰を掛けて、まだ信じられないというような表情でわたしを見つめた。

「君は初めてじゃないのか?」

 窓際の席に座ったわたしは頷き、今までに2回、未来行きの電車に乗ったことを告げた。そして、松山さんのことも話した。

「そうなんだ……」

 頷きながらも、まだはっきり呑み込めていないようで、不安げな表情を浮かべた。

「でも、二人で乗るのは初めてです。それに行き先もわからないし……」

 わたしがドア上のディスプレーを指差すと、高松さんがわたしの指を追った。
 すると、それを待っていたかのように点滅が消えて行き先が表示された。

『フィレンツェ共和国 1505年駅』

 その瞬間、高松さんの目が飛び出しそうになり、口元はあわあわと震え出した。

「あ、あ、あれって……」

 わたしは頷いた。

「1505年のフィレンツェに行けるようですよ」

「フィレンツェ……、1505年……」

 表示を見つめる彼の目から涙が零れた。

「ラファエッロに会えるかもしれませんね」

 彼に微笑みかけると、両手で顔を覆ってわなわなと震え出し、そのまま膝にくっつけるように体を折って、泣き始めた。
 わたしは彼の背中を優しく擦った。

「こんなことって……」

 顔を上げた彼は〈信じられない〉という表情のまま掠れた声を絞り出した。

「良かったですね。願いが叶って」

 彼の肩に手を置いた時、列車が動き出した。
 すると、間を置かず表示が変わった。

『2000年駅通過』

 一気にスピードが上がり、新たな表示に変わった。

『音速運転開始』

 更にスピードが上がった。

『光速運転開始』

 ぐう~んと背中がシートに押し付けられた。
 凄いGが体にのしかかってきて、シートに(はりつけ)られたようになった。
 体が動かないので目だけを動かしてディスプレーを見続けていると、次々に通過駅が表示された。

『1900年駅通過』

『1800年駅通過』

『1700年駅通過』

『1600年駅通過』

 その表示のあと徐々にスピードが緩くなり、少しして、また表示が変わった。

『音速運転開始』

 更にスピードが緩くなって表示が変わった。

『低速運転開始』

 目的地に近づいているようだ。
 横を見ると、高松さんは目を瞑ったまま10本の指を組み合わせて祈るような恰好(かっこう)をしていた。
 わたしは「もうすぐですよ」と声をかけて視線を戻し、表示が変わる瞬間を待った。

 変わった。
『フィレンツェ共和国 1505年駅・到着・降車』

「着きましたよ」

 高松さんの10本の指の上に左手を乗せて軽く握りしめた。
 高松さんは、ハ~と息を吐き、目を開けて表示を見上げてからわたしを見た。

「頬を(つね)ってくれるか?」

 わたしは右手の親指と人差し指に力を入れた。

「痛い!」

 わたしの指を握って嬉しそうに叫んだ。

「来たんですよ、本当に。さあ、行きましょう」

 席を立つように促して、彼のあとに続いた。

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