『夢列車の旅人』 ~過去へ、未来へ、時空を超えて~ 【新編集版】
(12)
『ボールペンを持つ手が疲れてきたし、時間の余裕もなくなってきたので、これから先は端折って書くことにする』
えっ?
端折る?
そんな……、
一気に妄想が萎んだが、それでも、ここまで読んで止めるわけにはいかない。一縷の望みを託して次の文字を目で追った。
『最高の夜を過ごして、一睡もせずにライヴハウスへ行った。
それでも眠気はなかった。
アドレナリンが出まくっていたからだ。
信じられないような速弾きを何度も決めることができた。
バンドメンバーが驚くほどの演奏だった。
歓声や拍手も凄かった。
ロックスターになったような錯覚を覚えた。
彼女が俺に力を与えてくれたのだ。
正に、SANTA CLAUS IS COMIN′TO MEだった。
コンビニのアルバイトを終えて彼女の部屋へ行くと、部屋を暖かくして料理を作って待っていてくれた。
カレーライスだった。
俺好みの辛めの味だった。
「メチャうまい」と言うと、彼女が嬉しそうに笑った。
食べ終わって、彼女が後片づけをしている間にシャワーを浴びた。
続いて彼女がシャワーを浴びにいったので、これからのことにワクワクしながらトランクスひとつでベッドに横になった。
ところが、それがいけなかった。
大あくびが何度も出たあと、瞼が異常に重たくなった。
それでも抵抗して必死になって開けようとしたが、その努力は無駄に終わった。10秒もかからず瞼が閉じた。
体を揺すられて目が覚めた。
寝ぼけ眼にぼんやりと彼女の顔が映ると、「時間よ」と言って、左手の人差し指で俺の唇にチョンと触った。
それで覚醒した俺は体の上に彼女を抱きかかえた。
その瞬間、臨戦態勢になったが、彼女は「ダメ。早くしないと遅れるわよ」と言って、俺の腕を解いた。
ライヴハウスへ行く時間になっていた。
慌てて歯を磨いて、顔を洗って、髪を整えて、服を着て、玄関で靴を履いた。
ギターケースを持ち上げると、彼女からビニール袋を渡された。
「サンドイッチを作ったから演奏の前に食べて」と言って、キスをしてくれた。
グッときた。
彼女をギュッと抱き締めて、玄関から飛び出した。
走りながら涙が止まらなかった。
幸せ過ぎて死にそうだった。
下北沢のライヴハウスにはリハーサル直前に着いた。
なんとか間に合ってホッとしたが、ギターのチューニング中に腹の虫が泣き始めた。
音合わせの間中鳴き続けて、バンドメンバーに笑われた。
リハーサルが終わって客の入場が始まった。
開演前のわずかな時間に頬張ろうとビニール袋を覗いたら、サンドイッチを包んだラップの上にメモがテープで貼り付けられていた。
『一緒に住みましょう』と書かれてあった。
彼女の顔が浮かぶと、〈同棲〉という言葉が頭の中で甘美に響いた。
それが顔に出ていたのか、「どうしたんだよ、デレデレして」とドラマーにからかわれながらタマゴサンドとハムレタスサンドを頬張った。
両方ともメチャうまかった。
〈世界一の幸せ者〉という言葉が胸の中で弾んだ。
ライヴが休みの日に一気に家財道具を処分した。
残ったのはCDとレコードとオーディオとギターとアンプとラジカセと衣類と靴だけだった。
それをレンタカーのワンボックスに詰め込んで、彼女の部屋に運び込んだ。
片づけを済ますと一気に部屋が狭くなったように感じたが、「家賃を二重に払うのはもったいないからね」と彼女は気にする様子もなかった。
「それに、コンビニのバイトが終わったら2分で会えるでしょ」と誘うような目で俺を見つめた。
俺は飛びついてキスをした。
そのあとのことは……想像に任す。