『夢列車の旅人』 ~過去へ、未来へ、時空を超えて~ 【新編集版】
(13)
同棲を始めて3か月ほど経った頃から将来のことを考え始めた。
バンドとコンビニのバイトで得る収入で彼女を養うのは無理だった。
もちろん彼女は一人で食べていける程度の収入を得ていたので俺が養う必要はなかったが、次のステップへ進むためには大幅な収入増が必要だった。
俺は音楽から離れて真っ当なサラリーマンになることを考えた。
決心した翌日にそれを伝えると、即座に反対された。
それだけでなく、CDデビューという大きな夢を絶対に諦めてはいけないと強い口調で咎められた。
その顔は怖いほどに真剣だった。
何か言おうとしたが、声を出すことができなかった。
見つめられたまま、痛いほどの沈黙が続いた。
耐えきれなくなって目を離すと、訴えるような声が耳に届いた。
「デビューCDの表紙を私のイラストで飾りたいの」
そんなことを考えていたなんてまったく知らなかった。
俺は頭をガーンと殴られたようになって言葉を失った。
ちまちま現実的なことを考えていた自分が嫌になり、彼女と目を合わせられなくなった。
それでも夢を共有してくれていたことへの感謝が湧き出てきて、目頭が熱くなった。
「わかった」と呟くと、彼女が手を握ってきた。
俺はその手を握り返して顔を向け、もう一度「わかった」と言った。
しかし、前向きな返事はしたものの、それが簡単でないことは自分が一番よく知っていた。
CDデビューするためには高いハードルを越えなければならなかった。
強力なオリジナル曲、つまり、インパクトのある唯一無比の楽曲が必要なのだ。
だが、そんなものはどこにもなかった。
持ち歌はあったが、強力でもなく、インパクトもなかった。
ライヴハウスでレッド・ツェッペリンやディープ・パープルなどの曲を演奏すると歓声が上がるが、オリジナル曲に対しては反応が薄いのだ。
キーボード奏者が作る曲はメロディに重きを置き過ぎてパンチが足りなかった。
だから今までとは違う強力でインパクトのあるオリジナル曲が必要だった。
レッド・ツェッペリンやディープ・パープルと同レベルとは言わないまでも、プロとしてやっている連中を超えるものが必要なのだ。
それはわかっているが、わかっていることとできることとは違う。
唯一作曲ができるキーボード奏者に頼んでも、今の延長線上のものしかできないだろう。
とすれば、自分で作るしかないが、作曲なんて一度もやったことがない自分にそれを求めるのは無理だ。
特技と言えば正確にコピーすることくらいなのだ。
ちゃんちゃらおかしいよな、
己を嘲った瞬間、彼女の顔が浮かんできた。
そして、「デビューCDの表紙を私のイラストで飾りたいの」という声も。
そうなのだ、約束したのだ。
「わかった」と言って手を握り返したのだ。
う~ん、
両手で顔を覆って、そのまま動けなくなった。
出口のない迷路を彷徨いながら、1週間があっという間に過ぎていった。