『裏切りパイロットは秘めた激情愛をママと息子に解き放つ』番外編〜嘘つきパイロットは、今夜はママだけに愛を注ぐ〜
「『かあい〜!』っていうの、最近、樹くんの流行りです?」
 空島保育園の保育士から、和葉がそう尋ねられたのはお迎えの時だった。
「え? かあい〜ですか?」
「そうです。多分可愛い〜って言ってるんでしょうね。で、お友達の頭をなでなでするんですよ、樹くん。それがめっちゃ可愛くて! ときどき、私たち保育士にもしてくれるので、癒されるんですよ。お家でもママにしてます?」
「いえ、家では……。そんなことしてるんですね」
 意外に思いながら答えると保育士はふふふと笑った。
「きっとお家でママとパパにしてもらって自分が嬉しいことをお友達にしてるんでしょうね」
 その言葉を和葉は素直に嬉しく思った。
 
 その日の夜、遼一が帰ってきたのは夕食を食べ終え、樹をリビングで遊ばせながら食器を洗っている時だった。
「ただいま」
 リビングのドアを開けた遼一に、樹が飛びつく。
「パパ〜!」
「ただいま樹」
 遼一が樹を抱き上げて飛行機のようにぐるぐる回した。
 ひとしきり遊んでもらうと樹は満足して、またブロック遊びに戻る。
 すると遼一はシャツの襟元をくつろげながらキッチンにやってくる。
「お疲れさま。食器洗い、代わろうか?」
「大丈夫、今お湯張りをしてるから、沸いたら樹をお風呂に入れてくれる? その間に遼一の夕食温めとく」
「了解」
 そんな会話をしながらも、和葉は彼から目が離せなくなってしまう。
 ——カッコいい。
 そう思う気持ちを止められない。
 物心ついた時から一緒にいて、二年というブランクはあるものの結婚し日々一緒に過ごしているのに、どうして毎日新鮮な気持ちでこんなふうに思うのだろう?
 自分はどこかおかしいのかな?と思う時があるくらいだ。
 そんな和葉に、遼一が「どうした? 疲れた?」と首を傾げた。
「あ、大丈夫」
 和葉は慌ててそう答えた。
 彼に見惚れるあまり、手が止まっていたようだ。
 プラスチックのコップがつるりと滑って流しに落ちた。
「あっ」
 遼一がふっと笑って、和葉の頭に手を乗せた。
「大丈夫? ……可愛いな、和葉は」
 昔から彼は和葉に甘いけれど、再会し結ばれてからは、離れていた期間を埋めるようにさらに甘くなったように思う。
 こうやって『可愛い』と口にして和葉の頭を撫でることがよくあった。
 寝起きで頭がボサボサのまま歯磨きをしてる時。
 車の鍵を探してカバンの中を引っ掻き回している時。
 ドラマを見て泣いてしまった時など、そのタイミングは予測不能だ。
 一体何が可愛いのか、どこにそのスイッチがあるのかわからない。からかわれているのかと思う時もあるくらいだ。
 それに。
「遼一……もう私可愛いなんて、言われる歳じゃないよ。それに結婚してから結構経つのに……」
 自分だってさっき同じようなことを考えたことは棚に上げて、和葉は彼を軽く睨む。
 嬉しいけれど照れてしまう。
 なにより食器洗い中の自分の一体なにが可愛いのか理解に苦しむ。
 けれど彼はまったく意に介さず。和葉の頭に手を乗せたまま、そこをくしゃくしゃとした。
「歳も結婚してどれくらい経つかも関係ない。俺はずっと和葉に可愛いと思わされる運命みたいだよ」
「え、なにそれ」
 その時。
「かあい〜! かあい〜!」
 舌足らずな声が聞こえて口を閉じる。
 見ると、樹がこちらを指差してにっこりと笑っていた。
「あ……」
 和葉の頭に、夕方保育園で保育士から言われた言葉が頭に浮かんだ。
 もしかして……。
 そこで湯はりが完了したことを知らせるメロディが鳴った。
「お、お風呂が沸いたな。樹、今日はパパと入ろうな。那覇空港ごっこをしよう」
「ナハ! ナハ!」
 テンション高くふたりはバスルームへ行く。
「千歳空港でもいいぞ」
「チトセ! チトセ!」
 楽しそうなふたりの声を聞きながら、和葉は、なんとかしなくては、と思っていた。
 
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