幻の図書館
 扉の奥は、まるで別世界だった。

 そこは、静まりかえった大きなホール。
 天井がとても高くて、時計の歯車がゆっくりと動いている音だけが、カチカチと響いている。

 「ここ……音のない図書館みたい。」

 紗良ちゃんが、小さな声で言った。

 ホールの真ん中には、不思議な機械があった。

 時計のようにも見えるけど、文字盤はなくて、そのかわりに写真のようなものが並んでいる。

 よく見ると、それは「カイくんの子ども時代」の思い出の一場面のようだった。

 遊園地で家族と笑っている姿。

 雨の中、泣いている姿。

 小さなピアノの前に座っている姿――。

 「これって……カイくんの“記憶”じゃない?」

 私は、そっと彼の顔を見た。

 カイくんは、まるで金縛りにあったみたいに、その場から動けなくなっていた。

 「これ……お父さんと最後に行った場所だ……。」

 そうつぶやくと、カイくんはおそるおそる機械に手を伸ばした。

 そのとき、光の柱が、天井から差しこんだ。

 まるでスクリーンみたいに、ホールの空間が映像で包まれていく。

 そして、映し出されたのは――

 カイくんが、小さなころに時計塔に来ていたときの記憶だった。

 「お父さん……これ、記録してたの……?」

 カイくんの目が、うるんでいた。

 映像の中で、お父さんは言っていた。

 「この塔は、時間と記憶がまじわる場所なんだ。
  おまえが大きくなっても、この音を聞けば、きっと思い出せる。
  だから……迷っても、おまえの“心の時計”を信じなさい。」

 「心の、時計……?」

 私は、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。

 「この塔って……ただの謎解きの迷路じゃない。
 “失くした時間”を思い出すための、特別な場所なんだ……。」

 岳先輩も、じっと映像を見つめていた。

 何かを、ぐっとこらえるような表情で。

 「……次に進もう。」

 カイくんが、小さくうなずいた。

 もう、さっきまでの不安そうな顔はなかった。

 その代わりに、少しだけ――大人びたような、強い目をしていた。

 ホールの奥にある階段のそばに、またひとつの扉があった。

 その前には、新しい問題が待っていた。

 今度は、音に関する謎。

 「これは……音符の並び?」

 私は、壁に書かれた図を見て、首をかしげた。

 「ド・レ・ミ・ソ・? ……何かが抜けてる?」

 紗良ちゃんが、音の並びを読みあげる。

 「ファが、ないんだ。」

 蒼くんが指摘した。

 「でも、ただ音が足りないだけじゃない。
 この順番――『ド・レ・ミ・ソ』って、ひとつ飛ばしてる。つまり、規則がある。」

 「ド(1)→レ(2)→ミ(3)→ソ(5)……。」

 私は手元のノートに書きこみながら考える。

 「このパターンだと、次に来るのは“7番目”の音……つまり“シ”?」

 「いや……ちょっと待って。
  これ、“ファ”をわざと抜かしてるとしたら……“ファ”に何か意味があるんじゃ?」

 「“ファ”は4つ目の音……。」

 「時計……時間も関係あると思うんだ。」

 私たちは、塔の壁の時計を見つめた。

 その針は、いま「3時45分」を指していた。

 「4つ目の音だから、4時、とか……?」

 私は思いきって、針を「4時ぴったり」に合わせた。

 ――カチリ。

 その瞬間、扉がまた、ゆっくりと開いた。

 「やった……!」

 紗良ちゃんが、ぴょんっと小さく跳ねた。

 時間と音――この塔は、さまざまな感覚で“迷い”を試してくる。
 でも、わたしたちには仲間がいて、それぞれの得意分野がある。

 「もうすぐ……塔のてっぺんだと思う。」

 カイくんが、うれしそうに笑った。

 「じゃあ、その前に、もうひとふんばりだね!」

 私は、仲間たちと目を合わせて、うなずいた。

 時計塔の中で、過去と未来がまざりあう――
 そんな不思議な旅の終わりが、少しずつ見えてきていた。
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