幻の図書館
 階段を上がるごとに、空気が変わっていくのを感じた。

 だんだんと光が強くなって、時計の針の音も、心なしか速くなってきた気がする。

 「もう、てっぺん近いんじゃない?」

 紗良ちゃんが、うっすら汗をぬぐいながら言った。

 「うん……。でも、まだ何か仕掛けがありそう。」

 わたしは、どこか落ちつかない気持ちでまわりを見わたした。

 そして、たどり着いた場所は――

 まるで巨大な歯車の森だった。

 壁にも床にも天井にも、ぐるぐると回る歯車がびっしり。

 細い通路がそのあいだをぬっていて、まるでパズルの中に入りこんだみたいだった。

 「なにこれ……絶対、まちがったら歯車に巻きこまれちゃうやつじゃん……!」

 紗良ちゃんがびくっとして、わたしのうしろに隠れる。

 「でも、ここはもう“最後の試練”かも。」

 蒼くんが、ポケットからメモ帳を取り出して、真剣な顔になった。

 床には、いくつかの記号が描かれていた。

 時計の針、砂時計、歯車、月のマーク……。

 「なにか順番があるんだろうね。正しい道を選ばないと、スタートに戻るとか。」

 岳先輩はそう言って、目を細めた。

 わたしは、塔の中にあったヒントを思い出そうとした。

 最初の部屋では「時計の針の動き」について考えた。

 次は「音の並び」だった。

 「もしかして……“時の流れ”がテーマになってるのかも。」

 「たとえば、時間の順番に記号を並べるとか?」

 カイくんがぽつりとつぶやく。

 「時計の針→砂時計→歯車→月……?」

 わたしは口に出しながら、ひとつひとつ確認する。


 「時計の針」は、まず時間を刻む道具。

 「砂時計」は、時間がたまっていくイメージ。

 「歯車」は、時計の中で動きつづけるパーツ。

 「月」は……夜の時間を知らせるもの? 


 「ねえ、この順番、もしかして“1日”の流れなんじゃない?」

 わたしは、ひらめいて言った。

 「朝、時計の針が動きはじめて……昼は時間が積み重なっていって……。
 夕方になると、時計の中の歯車が疲れてきて……夜には月が出る――。」

 「たしかに。1日を時計の視点で見てるって考えると、つじつまが合うな。」

 蒼くんが、うなずいた。 

 「じゃあ、その順番で記号の通路を進んでみよう!」

 わたしは、みんなを引っぱるようにして、歯車の迷路へ踏み出した。


 ――時計の針。
 ――砂時計。
 ――歯車。
 ――月のマーク。


 すると、最後の記号を踏んだとたん、足元の通路がカチリと音を立てて、ゆっくりと動き出した。

 「うわっ、動いた……!」

 わたしたちはそのまま、歯車の通路に乗って、くるくると回る上の階へと運ばれていった。

 そして――

 たどりついたのは、時計塔のてっぺんの部屋。

 そこには、大きな一面ガラスの窓があって、遠くの景色がぜんぶ見わたせた。

 そして、部屋のまんなかには……止まったままの時計が置かれていた。

 「これが……この塔の、時計?」

 わたしは、時計にそっと手をのばした。

 そのときだった。

 不意に、部屋じゅうに声が響いた。

 「“本当の時間”とは、なんですか?」

 えっ……?

 わたしたちは顔を見合わせた。

 「な、なに? 今の誰の声!?」

 紗良ちゃんがあわててきょろきょろする。

 でも、声の主はいない。

 ただ、部屋の空気が変わったのがわかった。

 そして、時計の文字盤に――最後の問いが浮かび上がっていた。

「止まった時間を、動かす方法は?」

 その問いを前に、わたしたちはそれぞれ考えこんだ。


 “本当の時間”って、なんだろう?

 ただ針が動くこと?

 何かをすること? 誰かと過ごすこと?


 わたしは、ふとカイくんのことを思い出した。

 彼が、失くした記憶を取りもどして、前を向こうとしている姿――。

 そうだ。

 時間って、「思い出すこと」で、また動き出すんだ。

 わたしは、大きく息を吸って、言った。


 「答えは、“思い出すこと”。
 止まった時間も、心がそれを覚えていたら、また動き出せる。
 カイくんが、そうだったように。」


 すると、時計の針が――ゆっくりと動きはじめた。

 カチ、カチ、カチ……

 部屋が光に包まれていく。

 まるで時間そのものが、息を吹き返したみたいだった。
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