幻の図書館
扉の向こうにあったのは――静かで、どこか懐かしい場所だった。
わたしたちは、古い木造の小学校のような建物の中に立っていた。廊下はきしむように鳴り、教室の窓からはやわらかな西日が差し込んでいる。
「ここ……学校?」
紗良ちゃんが声をひそめて言った。
「誰かの記憶、ってことか……?」
蒼くんは廊下をゆっくり歩きながら、壁に貼られた紙や掲示板を見ている。文字はかすれていて、日付もよく読めない。
「昭和の時代の小学校かも。机の形や黒板のつくりが、今とはちがうし。」
岳先輩がつぶやくと、わたしはそっと足元を見た。床には、白いチョークで何かの文字が書かれていた。
《かくしたけれど わすれられなかった》
「……え?」
その文字はすぐに風のように消えてしまったけど、確かにそう書かれていた。
「“かくしたけれど、わすれられなかった”? 誰かが、何かを隠したのかな……?」
「でも、それは忘れられなかったってことか。記憶として残ってしまったんだな。」
蒼くんが低くつぶやいたとき――廊下の先から、足音が聞こえてきた。
コツ……コツ……コツ……
それはゆっくりと近づいてくる足音で、わたしたちは思わず声をひそめて教室の陰に隠れた。
現れたのは、真っ黒なローブをまとった小さな人影。顔は見えない。でも、持っている杖の先が淡く光っているのが見えた。
「忘却の番人……かも。」
わたしが息をのむと、その番人は廊下の真ん中で立ち止まり、小さな声でこう言った。
「この記憶は、まだ開けてはならない……鍵がたりない……あと、ひとつ……。」
その声は、まるで子どもが眠りながら話しているみたいに、ゆっくりで不思議な響きだった。
「鍵……って、さっきしおりくんが言ってた、思い出のかけら?」
「きっとそうだ。まだ何かが、ここに残ってる。」
岳先輩がそう言ったとき、黒板の上に、小さな光の玉がふわりと浮かび上がった。
わたしは、吸い寄せられるようにその光に近づいて、そっと手を伸ばした。
その瞬間――まぶしい光が走り、教室の中が、まるで記憶の中に変わっていった。
「ここ……さっきと違う?」
紗良ちゃんが驚いて声をあげた。
そこは、さっきの教室とはちがって、人の気配があった。窓際で一人の女の子が、日記をつけているのが見える。
「……あの子が、記憶の持ち主?」
そっと近づいてみると、彼女はわたしたちには気づいていないようだった。
「今日は、誰にも言えないことをした。きっと叱られる。でも……あの本だけは、守りたかった。」
その日記の言葉に、わたしの胸が少しだけチクリと痛んだ。
この記憶は、誰かが大切にしまっていたもの。そして、もしかしたら今も、誰かが探しているもの――。
わたしたちは、古い木造の小学校のような建物の中に立っていた。廊下はきしむように鳴り、教室の窓からはやわらかな西日が差し込んでいる。
「ここ……学校?」
紗良ちゃんが声をひそめて言った。
「誰かの記憶、ってことか……?」
蒼くんは廊下をゆっくり歩きながら、壁に貼られた紙や掲示板を見ている。文字はかすれていて、日付もよく読めない。
「昭和の時代の小学校かも。机の形や黒板のつくりが、今とはちがうし。」
岳先輩がつぶやくと、わたしはそっと足元を見た。床には、白いチョークで何かの文字が書かれていた。
《かくしたけれど わすれられなかった》
「……え?」
その文字はすぐに風のように消えてしまったけど、確かにそう書かれていた。
「“かくしたけれど、わすれられなかった”? 誰かが、何かを隠したのかな……?」
「でも、それは忘れられなかったってことか。記憶として残ってしまったんだな。」
蒼くんが低くつぶやいたとき――廊下の先から、足音が聞こえてきた。
コツ……コツ……コツ……
それはゆっくりと近づいてくる足音で、わたしたちは思わず声をひそめて教室の陰に隠れた。
現れたのは、真っ黒なローブをまとった小さな人影。顔は見えない。でも、持っている杖の先が淡く光っているのが見えた。
「忘却の番人……かも。」
わたしが息をのむと、その番人は廊下の真ん中で立ち止まり、小さな声でこう言った。
「この記憶は、まだ開けてはならない……鍵がたりない……あと、ひとつ……。」
その声は、まるで子どもが眠りながら話しているみたいに、ゆっくりで不思議な響きだった。
「鍵……って、さっきしおりくんが言ってた、思い出のかけら?」
「きっとそうだ。まだ何かが、ここに残ってる。」
岳先輩がそう言ったとき、黒板の上に、小さな光の玉がふわりと浮かび上がった。
わたしは、吸い寄せられるようにその光に近づいて、そっと手を伸ばした。
その瞬間――まぶしい光が走り、教室の中が、まるで記憶の中に変わっていった。
「ここ……さっきと違う?」
紗良ちゃんが驚いて声をあげた。
そこは、さっきの教室とはちがって、人の気配があった。窓際で一人の女の子が、日記をつけているのが見える。
「……あの子が、記憶の持ち主?」
そっと近づいてみると、彼女はわたしたちには気づいていないようだった。
「今日は、誰にも言えないことをした。きっと叱られる。でも……あの本だけは、守りたかった。」
その日記の言葉に、わたしの胸が少しだけチクリと痛んだ。
この記憶は、誰かが大切にしまっていたもの。そして、もしかしたら今も、誰かが探しているもの――。