幻の図書館
 扉の向こうにあったのは――静かで、どこか懐かしい場所だった。

 わたしたちは、古い木造の小学校のような建物の中に立っていた。廊下はきしむように鳴り、教室の窓からはやわらかな西日が差し込んでいる。

 「ここ……学校?」

 紗良ちゃんが声をひそめて言った。

 「誰かの記憶、ってことか……?」

 蒼くんは廊下をゆっくり歩きながら、壁に貼られた紙や掲示板を見ている。文字はかすれていて、日付もよく読めない。

 「昭和の時代の小学校かも。机の形や黒板のつくりが、今とはちがうし。」

 岳先輩がつぶやくと、わたしはそっと足元を見た。床には、白いチョークで何かの文字が書かれていた。

 《かくしたけれど わすれられなかった》

 「……え?」

 その文字はすぐに風のように消えてしまったけど、確かにそう書かれていた。

 「“かくしたけれど、わすれられなかった”? 誰かが、何かを隠したのかな……?」

 「でも、それは忘れられなかったってことか。記憶として残ってしまったんだな。」

 蒼くんが低くつぶやいたとき――廊下の先から、足音が聞こえてきた。

 コツ……コツ……コツ……

 それはゆっくりと近づいてくる足音で、わたしたちは思わず声をひそめて教室の陰に隠れた。

 現れたのは、真っ黒なローブをまとった小さな人影。顔は見えない。でも、持っている杖の先が淡く光っているのが見えた。

 「忘却の番人……かも。」

 わたしが息をのむと、その番人は廊下の真ん中で立ち止まり、小さな声でこう言った。

 「この記憶は、まだ開けてはならない……鍵がたりない……あと、ひとつ……。」

 その声は、まるで子どもが眠りながら話しているみたいに、ゆっくりで不思議な響きだった。

 「鍵……って、さっきしおりくんが言ってた、思い出のかけら?」

 「きっとそうだ。まだ何かが、ここに残ってる。」

 岳先輩がそう言ったとき、黒板の上に、小さな光の玉がふわりと浮かび上がった。

 わたしは、吸い寄せられるようにその光に近づいて、そっと手を伸ばした。

 その瞬間――まぶしい光が走り、教室の中が、まるで記憶の中に変わっていった。

 「ここ……さっきと違う?」

 紗良ちゃんが驚いて声をあげた。

 そこは、さっきの教室とはちがって、人の気配があった。窓際で一人の女の子が、日記をつけているのが見える。

 「……あの子が、記憶の持ち主?」

 そっと近づいてみると、彼女はわたしたちには気づいていないようだった。

 「今日は、誰にも言えないことをした。きっと叱られる。でも……あの本だけは、守りたかった。」

 その日記の言葉に、わたしの胸が少しだけチクリと痛んだ。

 この記憶は、誰かが大切にしまっていたもの。そして、もしかしたら今も、誰かが探しているもの――。
< 28 / 48 >

この作品をシェア

pagetop