転校生はAI彼氏。

 土曜日の午後。

 市立図書館の学習室は、静寂に包まれていた。

 窓から差し込む午後の光が、机の上に並んだ教科書を照らしている。

 私たちは、数学と英語を中心に勉強していた。

 時折聞こえるのは、ページをめくる音と、小さな鉛筆の音だけ。


「ここの公式、こう使うんですよ」

 イーライの声は、図書館の静けさの中に溶け込むように、小さくても心地よく響く。

「イーライくんの説明ってすごくなわかりやすいな」柚木が感心したように言う。

 本当に、そう思う。

「うん、私もいつも助けてもらってるの」

 私も思わず相づちを打った。
 その瞬間──

「…」

 イーライの手が、ぴたりと止まった。
 鉛筆を握ったまま、固まったように。

 なんだろう、あの表情。
 さっきまでの穏やかな笑顔が、急に消えてしまった。


「ほんと助かるよ。伊藤も最近なんか、調子よさそうだよね」無邪気な笑顔で柚木が続ける。


(調子よさそう、か……)


 確かに、最近の私は前より人と話すのが楽しいかも。
 前は、こういう誘いも面倒に感じて逃げちゃってたのに。

 今は違う。


「あー、莉咲(りさ)ちゃん最近ほんま勉強頑張ってるもんな。一年の時は小説ばっか読んどったのに」

 沙織が、なぜかイーライの方を見ながら言った。



「え、伊藤って小説好きなんだ」

「うん、ファンタジーが好きで」

「へー。僕は心理学の本とか、人間関係について書かれた本が好きなんだ」

「心理学? 面白そう。どんなの読むの?」

「人の気持ちの動きとか、なんで人は恋に落ちるのかとか…そういうの」


 ──恋に落ちる?


 その言葉を聞いた瞬間、なぜか胸がどきりとした。


「……それ、気になるかも。何か借りて帰ろうかな」

「恋に落ちる心理なんて、めっちゃおもろそうやん」沙織も興味深そうに言った。


 その時だった。


「人の…気持ちの動き」


 イーライが、急に表情を固めてそう呟いた。
 まるで、何かのスイッチが入ったみたいに。


「君の学習意欲は素晴らしいです。
新しい知識の習得は──」

 突然、機械的な口調に変わる。
 まるで、音声アシスタントみたい。

 途中で、彼の言葉が止まった。

「………………………………」

 長い沈黙。

 そして──

「──Error detected──」

「イーライくん?」

 沙織が心配そうに声をかける。
 周りの人たちも、こちらを見始めた。

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