素顔は秘密ーわたしだけのメガネくんー
ーソフトクリーム食べる?ー
午後の部が始まる頃
文化祭のテンションはさらに高まっていた
呼び込みの声
出店の匂い
音楽室からは軽音部の演奏が聴こえてくる
七海は友達と一緒にクラスの仕事を終えたあと
少しだけ教室を離れて廊下に出た
すると
「おつかれ」
小さく囁く声
そこには
人の少ない廊下の端で待っていた葵の姿があった
「もう準備、終わったの?」
「おう。七海が来るの待ってた」
少しだけラフに制服の襟を緩め
メガネの奥から七海をじっと見つめてくるその視線は
完全に”俺”のそれだった
「じゃあ…約束通り
行くか?」
七海の心臓はドキドキが止まらなかった
(……大丈夫かな)
(これ…クラスのみんなに見られたら…)
でも、葵はまったく動じない
「七海、気にすんな。堂々としてりゃ怪しまれねぇ」
「そ、そうだけど…」
彼は静かに微笑んで
七海の手首を優しく引いた
「心配すんな。お前は黙って俺の隣にいればいーの」
その言葉が
また心臓を激しく叩いた
***
ふたりは並んで校内を歩き始めた
クラスメイトや後輩たちが
すれ違いざまにチラチラと視線を送ってくる
「……あれ?葵くんと七海ちゃんって、珍しくない?」
「え?なんか今日ずっと一緒にいない?」
「ふたりで回ってるの?」
ざわざわと小さな囁きが少しずつ増えていく
七海はドキドキしっぱなしだったが
葵は全く動じる様子もなく自然に歩き続けていた
「ソフトクリーム、食べる?」
葵がふと声をかける
「え、いいの?」
「せっかくの文化祭だろ。奢ってやる」
わざと小声で”彼氏”と囁くのが
また七海を真っ赤にさせた
(もう…ほんとに意地悪…)
手渡されたソフトクリームを受け取ると
そのままふたりは中庭の隅に腰を下ろす
賑やかな校内とは少し離れた静かな場所だった
「……けどさ」
葵がソフトクリームを一口食べながら、ふっと目を細める
「思ったより騒がれてねぇな」
「……そ、そう?」
「まぁ、お前が自然にしようとしてんの…可愛いけど」
そう言いながら
葵は七海の唇についたクリームを指でそっと拭った
「……っ」
「なに赤くなってんだよ」
耳まで真っ赤になる七海に
葵は甘く微笑むだけだった
***
その頃――
校舎の影では
また何人かの女子たちがひそひそと話していた
「ねぇ……あのふたり、やっぱ怪しくない?」
「だよね!文化祭で二人っきりって絶対なにかあるって!」
「いや、ていうかもう付き合ってんじゃ…?」
「えーでもあの葵くんが?まじで?信じらんない…!」
少しずつ広がっていく噂
だけど当のふたりは
そんなことすら知らずに、ただ静かに甘い時間を過ごしていた
七海の手は
自然と葵の制服の袖を軽く掴んでいた
(……こんなの、もっとバレたくなくなる…)
(でも……ずっとこうしてたい…)
葵はそんな七海の手元をちらりと見て
小さく耳元で囁いた
「……甘えてんな?」
また心臓が跳ねた
こうして
ふたりの甘い秘密は
ますます深くなっていった