素顔は秘密ーわたしだけのメガネくんー
ー文化祭ー
文化祭当日
朝から学校中が飾り付けで溢れていた
廊下には手作りの看板
教室からは準備に走り回る生徒たちの声
いつもより数段明るい空気に包まれていた
七海のクラスは定番のカフェをやることになっていた
「七海〜!このメニュー表、もうちょっと可愛く書けない?」
「いま追加でケーキ出すから、案内お願い〜!」
女子たちが元気に走り回る中
七海も制服の上に白いエプロンを着けて手伝っていた
そして――
「……お疲れ」
後ろから、柔らかく低い声が響く
振り返ると、葵が立っていた
いつもの”僕”の優しい笑顔
でも目の奥には、七海にしか分からない”俺”の色が滲んでいる
「準備、大変だったでしょ」
「うん…まあ、なんとか…」
教室内ではクラスメイトたちもバタバタ動いていて
誰も特にふたりのやり取りに注意を向けていなかった
(こうして普通に話すのも、なんか逆にドキドキする…)
「……ほら、髪」
葵がそっと七海の髪のほつれを整えてくれた
その指先の感触に
七海の心臓は跳ね上がる
「も、もう……」
「ふふ……目立たないように気をつけてるつもりだぜ?」
小声で甘く意地悪に囁かれた
七海はまた顔が赤くなるのを隠せなかった
***
昼休憩に入った頃
「ねぇねぇ七海、昼一緒に回ろうよー!」
友達に誘われたけれど
「あ……ちょっと、用事があって……」
思わず断ってしまった
友達は怪しげに目を細めて笑う
「ふーん……もしかして、相手いる〜?」
「な、ないってば!」
(…でも、ほんとは…)
七海の目線は自然と葵を探していた
すると、廊下の隅で静かに待っている彼の姿を見つける
誰にも気付かれないように
ふたりは校舎裏の中庭へ抜け出した
「……来たな」
待っていた葵は
メガネを外し、完全に”俺”に戻っていた
「もう、危ないから…」
七海が小声でそう言っても
葵はニヤリと笑うだけだった
「我慢してやってんだろ?ずっと”僕”で」
「……」
「けど、七海とふたりになったら我慢なんて必要ねぇだろ?」
ぐっと手を引かれて
あっという間に壁際へ追い込まれる
「大丈夫
周りには見せねぇよ」
ドクン…
葵の声は低く甘く響く
「なあ…文化祭、ふたりで回るんだろ?」
「……う、うん…」
「七海」
耳元に近づき、囁くように続ける
「終わったら…ちゃんと”彼氏”らしいこと、してやる」
七海の頭が真っ白になりかけたその瞬間
「おーい!そっち誰かいるのー?」
突然、遠くからクラスメイトの声が響く
七海は慌てて距離を取ろうとするが――
「逃げんな」
低く甘く抑えられた声
「……まだ終わってねぇから」
ふっと微笑んだ葵は、何もなかったように制服を整えた
その余裕ある仕草が
また七海の胸を締め付けた
(ほんとに…意地悪すぎる…)
だけど
この秘密の関係が、たまらなく愛しく思えてしまう七海だった