クマとナデシコ 博堂会次期若頭候補の熊井宗一郎は撫子さんの愛が欲しい
何て事をしてしまったのだろう。
大のオトナの男が愛しい人との久しぶりのセックスだからと、その愛しい人を泣かせるほどにヤってしまうなんて。
ゆっくり、そっと撫子の腰を下ろしたがよく見れば彼女の骨盤のあたりは自分が掴んでいた手の後がうっすらと赤く残っている。ずり、と撫子の足が自らの意思で閉じられ横向きに重ねられると「びっくりした」とだけ呟かれ、それから無言になってしまった。
「撫子さん、体はだいじょう……ぶ、じゃないですよね」
「ん……」
「俺、調子に乗って」
乱れ髪のまま、僅かに撫子の頭がその言葉を否定をするように揺れる。
「でも」
でも、だって。
その言葉は撫子も自分の頭の中で何度も反芻し、悩んできた癖だった。
「そう、くん……少し」
宗一郎はその先の言葉を予想し、大きな体を小さく縮めようとした。きっと撫子は一人にして欲しいと言うのだろう。それだけの抱き方をしてしまった。
「ここに、いて」
ぽんぽん、と撫子の手がシーツを叩く。
「ね?」
「いいんですか」
「……もう少し、ゆっくりしよ」
「でも撫子さん、寒くないですか」
「んー……じゃあ冷めるまで、いて」
疲労困憊だろうに、撫子は笑ってくれる。
そして宗一郎が向かい合うように彼女の隣に横になれば撫子の方から肉厚な胸元に寄り添ってくれた。
「宗君、汗かいて……私も、か」
つつ、と撫子の指の腹で撫でられたのは宗一郎の胸元。未だ冷めずに残る熱に湿気ている張りのある皮膚。
「俺、酷いことを」
くすぐるように触れていた撫子の指先が大きな手に掴まれ、握られる。
「最初に言い出したのは私よ」
「それにしたって俺は、なんて言うか」
いつになく宗一郎は「好き」や「愛してる」と言っていた。余裕が消えて爆ぜ果てるまでの間もずっと、撫子に自らの感情を馴染ませ、覚え込ませるように言葉を掛けていた。
「お試しだから、ね?いつもと違うことをしても私は怒ったりなんかしない」
「……嫌いに」
「ん?」
「嫌いになったり、しませんか」
撫子の手を強めにぎゅっと握る宗一郎の声に不安が混じっている。
「ならない」
それでもこの時、撫子は宗一郎に対して「好き」とは言わなかった。彼の不安に対して返す言葉は確かに好意を含んでいたがまだ、彼女の心は迷っている。
そのことに宗一郎もまだ気が付いていなかったのだが撫子の足の先が冷えはじめている事には気が付き、シャワーを浴びてからの就寝を勧める。
「……今日は一緒に寝よ」
部屋の方のシャワー浴びて来るね、と言われて宗一郎は彼女の手を離す。
素肌の胸元を少し隠すように、彼が脱がして放ってしまった寝間着や下着を回収して撫子は自らの寝室の方に向かった。
そして暫くすると撫子は寝間着でやって来る。
宗一郎も浴びて出て来たばかりで軽く布団を整え、枕を並べる。そしてまた二人並んで、少し撫子が近づいて眠ってくれたのを感じた宗一郎は「怒ったりなんかしない」と言ってくれた撫子の方に体を向けるとピロートークをすっ飛ばし、本当にすぐ眠ってしまった彼女を眺める。
好き、愛してる。
その言葉に嘘偽りなんてない。
だから、目一杯に彼女を愛したい。その気持ちが溢れすぎて、あんなことをしてしまった。腰とか大切なところを痛めていないか、問いかけたとしても撫子は優しいからきっと真実を言わない。
(俺があれこれ言い過ぎるのも無粋なんだろうけど、言わせないのだってそれは撫子さんの負担に……)
自分は体も大きい。心だって彼女には大きく広く開いている、と言うか全部見せている。本当は独り善がりなのかもしれないが伝えたい事は全部、伝えたい。それでもし、駄目だったら。
撫子がもし、他の男を好きになっていたら。
(俺、そんなこと考えてもみなかったかも)
今は隣で眠ってくれている彼女に男の気配が無いと言ったら……仕事やそれにまつわる関係は男社会なので必然的に交流を持っているみたいだが自分と同じくらい濃い付き合いをしているのは一人。国見組の関本だ。撫子と同じ大学、同じ経営学部でよく二人でつるんでいたとか。
それはもう、仕方ない。彼女の立場上、交友関係を築きにくい為に同級生かつ親が同じ家業の関本と一緒にいたのは必然。
(関本さん、かあ……あの人、さっぱりとした性格だし面倒見が良いからなあ)
悶々と考え始めたところで宗一郎にも眠気がやって来る。
そして彼は頭上にある撫子の私用のスマートフォンにその昔馴染みである関本からメッセージが届いているなど知る由も無く。
二人ともが疲れて本格的に寝入ってしまった夜を過ぎた朝、宗一郎を隣に置いたまま撫子は関本からのメッセージを確認する。