クマとナデシコ 博堂会次期若頭候補の熊井宗一郎は撫子さんの愛が欲しい
第4話 甘い味、苦い味


 暫く二人でソファーの上でごろごろとした後に時計を見た宗一郎が「マジでメシの支度しますね」と撫子を腹の上から解放する。

 「ねえ宗君」
 「はい?」
 「お布団とか出したりしてるね」
 「!!」

 彼の表情の切り替わりは分かりやすい。
 本当に一瞬でパッと変わる。今は嬉しい、の表情。
 宗一郎が使っているメインベッドルームには掛布団などが二セット用意されていたのでもう一セットを出す。
 一緒に寝た昨日は多分、宗一郎には横幅が足りずに背中が出てしまっていたはず。

 (それにしても……本来のこの部屋の料金と言い、細かい調理器具とか布団のレンタルオプション全部込みとなると相当な物ね)

 何もかもが最新の設備とサービスに撫子は頭の中で相場を考えたがここは博堂の持ち物。考えたって無駄だ。支払も無いような物。最初は父親が用意していたカードキーを使ったが入館やゲートなどは顔認証に切り替えた。宗一郎の方の舎弟も彼が信頼している若い衆が数人、登録してある。彼らはヤクザたらしめるような髪型や服装ではなく一般的なビジネススタイルをしている。ひと目見ただけではカタギの若い営業職や秘書となんら変わりない。

 宗一郎とて体の大きさだけみれば威圧感はあるがにこっとチャーミングに笑う顔に実は裏があるなど誰にも分からない。

 「撫子さん、このカボチャにレーズン入ってるポテサラみたいなのってデザート系の甘いやつですか?開けたらメープルの匂いがしたから」
 「あ、うん。クルミとかナッツ類も入ってる生クリーム仕立てでね」

 軽く布団を整えた撫子は顔を出した宗一郎に「たまには面白そうなの食べようかと思って」とソファーには座らず紅茶のマグだけ持ってキッチンに向かう。

 「毎日がルーティン化しちゃって同じ物ばかり食べるのも良くないなーって。新しい物を取り入れて味覚とか自分の感覚が鈍らないように、のおまじないみたいなものなんだけど」
 「俺もちょっと食べてみようかな」
 「じゃあ味見してみる?」

 買って来た惣菜が並んでいるキッチン。スプーンを手にした撫子は軽くカボチャのスイートサラダを一掬いすると宗一郎の方を向く。

 「えっ、まさか」
 「そのまさか、よ」

 ずい、と宗一郎の口もとに向けられる小さなスプーンと撫子の気迫。裏社会、ヤクザの本丸に居るような男が怖気づいている。

 「だめ、だめですって」
 「私からの盃が受けられないの?」

 盃、と言う言葉にぴく、と反応を示した宗一郎はすぐに撫子がやりやすいように体を少し屈めて清酒の盃……ではなくカボチャのスイートサラダが乗ったスプーンを受ける。

 「味、どう?」
 「……わかんない、です」

 宗一郎の目のふちがじわわ、と滲んで涙目になっていた。

 「おいし、い……美味しいんだけど、なんかこれ、それ以上の味が」

 なんでもやってみようと言う撫子の試みに感極まってしまった宗一郎は「俺もやってみていい?」と問う。

 「撫子さんのひとくち、これくらいかな」
 「ん、うん……あ、これ……はずかしい、か、も……」

 差し出されるスプーンに薄く口を開いてほんの少し。
 恥ずかしくて少し視線を下げていた撫子はそのときの宗一郎のなんとも言えない表情を知らない。次に撫子が顔を上げた時には彼は平静を装っていた。

 「私が前に買ったお店のさつま芋のやつより甘さ控え目かな。美味しい」

 遊びはここまでにして夕飯の支度を進めようとする撫子の背後で宗一郎は眉根を寄せる。意識を律するようにぎゅっとしないと下半身の方に熱が行ってしまう。
 でも昨日の今日でヤっていい訳がない。そんなことをしたら撫子の体を壊してしまう。
 でも、考えれば考える程に勝手にむらむらと欲が沸いてしまう。

 「さっき聞くの忘れたけど宗君は寝る場所どっちにする?一応、私の布団は手前に置いて」

 そうだった。撫子と一緒に寝たいと言ったばかりだった。
 俄かに自分のしでかしに目を泳がせる宗一郎は「それで、大丈夫です」と伝える。色々と大丈夫じゃないのにさっき、自分はとんでもない申し出をしてしまった。それに対して撫子も乗ってくれたがこれは昨日の朝の彼女の気持ちと同じなのではないだろうか、と宗一郎は気づく。

 自分たちは大人すぎて。どちらかが言い出さないとコトは始まらないし、進展もしない。多少、恥ずかしく感じようとも歩み寄ろうとしないと次へ進めない。撫子もきっとそう考えている。
 彼女には心を開いているつもりでも、当の撫子は精一杯に今回の同棲について色々考えて、一番良い答えを見つけようとしてくれている。

 (俺、撫子さんのそう言うところが好き……大好きなんだ)

 あと今のスプーンのやつ、ちょっとエッチだった。ベッドの中ではキスだって沢山するのに小さなスプーンが彼女の口に差し込まれ、自分が引き抜いた。ただそれだけなのに。

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