クマとナデシコ 博堂会次期若頭候補の熊井宗一郎は撫子さんの愛が欲しい


 二人で向かいあって食卓を囲む。調理はしていないので今夜も簡易なものであったが宗一郎は先ほどから撫子に何を作って貰おうかとしきりに思案していた。

 「白身魚のムニエルとか」

 焼き鮭と言わない所に育ちの良さが見える。

 「あ、でもご飯が必要となるとパエリアみたいに……いや、それだと魚介を揃えるのが大変になっちゃうか」

 カレーとかオムライスじゃないんだ、と撫子は心の中で宗一郎に突っこみを入れながらも「市販のシーフードミックスで良いなら作れるわよ」と返事をしていた。

 「宗君の食べたい物を総括すると洋食膳みたいな感じ?ご飯ものと淡泊な味寄りのお魚料理。となると鶏肉も好き?」
 「ええ、好きです」
 「じゃあ秋だし、きのこ類が色々売ってるからこの今日買って来たクリームドレッシングを使ったさっぱりとした白身魚のムニエルなんてどう?」
 「ドレッシングで作れるんですか」
 「私は結構何にでも使うかな」

 宗一郎は撫子が確実に普段から『ちょっとしたもの』以上の美味しそうな料理を作っているのだと初めて知る。それにきっと彼女は料理上手。

 「撫子さん、冗談抜きに明日マジで大丈夫だったら俺と出掛ける予定作って貰えませんか」
 「うん、オーケー。会社回してくれてる子には前もって在宅増えるかもって言ってあるから連絡入れるだけで大丈夫だし」

 和やかな食卓、にこにこの宗一郎ではではあるが彼にはすっかり忘れていることがあった。今夜から撫子の気が向けば一緒に寝てくれると言う話。食事が終わり、軽く片付けてから先に撫子を風呂に入れさせた段階で静まっていた熱がぶり返してきてしまった。

 「どうしよ……」

 メインの寝室の並んだ枕と布団を見てぽつりとつぶやく宗一郎は自分の下半身を確認してしまう。昨日の今日で自分はナニを考えているんだ、と。けれど大好きな撫子の事を考えれば考える程、取り返しがつかなくなりそうな予感がしてしまう。
 もう三十だと言うのに十代の若者のような青い性欲を成熟した彼女に見せるのは恥ずかしい。

 振り返ってみれば今日も沢山、ドキドキした。だから欲張る事はしないで我慢しなきゃ、と思っている内に撫子が風呂からあがり、洗面所でスキンケアをしたりとリビングに戻って来る寸前となっていた。

 「撫子さん、眠かったら寝ちゃってて良いですから」
 「分かった」

 撫子の薄くまとっている香水とは違うお風呂上りのいい匂いが宗一郎の鼻腔をくすぐる。昨晩、素肌を重ね合わせた時も安心するような焦がれるような感じがしたが好きな人の匂いと言うのは多分、何でも好きになってしまうのかもしれない。

 宗一郎の言付けに撫子は自分の部屋に一度戻って行ったが、彼が着替えを持って洗面所に行ったあたりで自分の方の部屋の明かりを消す。

 (昨日よりドキドキしてるのなんか不思議)

 すぐには眠れそうにないかな、と撫子はとりあえずリビングダイニングの明かりはそのままにメインの寝室へと向かい自分の分の掛布団をぐい、と端に寄せてストレッチを始めた。
 足を前に伸ばしてベッドに座り、深く息を吸って前屈をしながらゆっくりと息を吐く。

 (考えすぎちゃうの良くないから積極的になろうって色々やってみてるけど)

 上手くいくと良いな、と思えた小さな心境の変化。
 いつもだったらここから撫子は考えすぎのループに陥るところだが今夜は違っていた。

 本気で宗一郎と寝るのが楽しみだったのだ。
 子供の時もお泊り会と称して住み込みやら皆と広間に布団を敷いて雑魚寝状態で夜を過ごして。
 呼吸を整え、伸びをしながら楽しかった記憶を思い返す。

 「んん」

 昨晩は宗一郎に久しぶりに抱かれたがびっくりしてしまったのは事実。彼からの愛情のボリュームに圧倒されてしまった。

 (でも、何だろう。ちょっと楽しかったかも)

 男女の交わりにそんな感想を抱いて良いのかは分からないが今日、宗一郎に対して積極的になれたのも昨日の夜があったから。
 好き、と何度も囁いては自分で言ったその愛情の言葉に彼自身も感じていたことに気づいていただろうか。囁きながらもその熱が、擦りつけられていた下っ腹の筋肉がしきりにぴくぴくと動いていたなんて。

 そんな彼も風呂から上がり、寝る支度を整えて寝室に入って来た。ベッドの上にはほぐれた体をくたりと寝そべらせた撫子。プロジェクターから壁に投影されているテレビ番組を横になって見ている姿があった。

 「ああ、起きなくて大丈夫ですよ」
 「ストレッチしてたら眠くなっちゃって」

 ふにゃ、と頬を緩ませた撫子が掛布団を首元まで引き上げる。

 「撫子さんを寝かしつけたら俺も寝ますから」
 「あ、それって子供のときに」
 「どっちが最後まで起きていられるか。俺いっつも撫子さんに負けてた気がするんですけど」
 「まあ小さい時の歳の差的にね」

 ベッドに上がった宗一郎は撫子の隣に胡坐をかくと「なんかこう言うの良いですね」と話しかける。
 すぐに頷いてくれた撫子が少し体勢を変えて彼の膝頭に肩を寄せれば自然と宗一郎の指先は彼女の髪に触れ、撫でる。

 「ねえ宗君、たまには甘えて良い?」
 「もちろんですよ」


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