クマとナデシコ 博堂会次期若頭候補の熊井宗一郎は撫子さんの愛が欲しい


 掃除道具を片付け、身支度を整えて軽く仕事をして。昼前に会社に顔を出しつつ、とあくまでも撫子はいつもの仕事のスタイルを崩していなかった。実家、龍堂邸の離れでも同じようにリモートの日は軽く掃除をしたりして少しゆるめに仕事に取り掛かって。
 経営者と言ってもどちらかと言うと雇われ店長のような立場。稼ぎも実質的に博堂のシノギの一部のようなもの。
 扱っている物件的に賃料などの単価が高いのでムキになって稼がずとも良いのだが撫子はハイブランドのヒールを履き潰す。足で稼ぐことをやめなかった。

 ――そうでもしないと、気がおかしくなるから。

 世の中の情勢はあまり良くない。自らの足で回り、経済についてそれなりに勉強をし続けなくてはならないが富裕層の質のみならず中層が薄くなっていると感じていた。その層に食い込んできているのがアジア系の外資。
 博堂系のシマなどお構いなしでなかなか手放してくれなかった地主に相当な額を積んで一等地を買い占めている。それは不動産だけじゃない。ありとあらゆるものが食い散らかされている。

 ただ、売り手も買い手も食っていけないのを撫子も理解していた。理解はしているが、許してはいない。なぜ土地や建物を外資に売ってしまう前に自分に相談をしてくれなかったのか。金額交渉の余地は十分に設けている。その為に自分の足で営業をしてきたのに。
 札束で引っ叩いた方が手っ取り早いのを分かっている連中に売り払うなど。その個の土地だけしか見ていないような大陸連中に……。

 撫子は本来、お飾りの社長業をしていれば良い存在。名前だけの経営者で遊び呆けていても許される。
 しかし彼女は知っているのだ。何人も自分と似たような境遇の者が自滅していったのを。暴対法が名だけのような存在になりはじめ、ヤクザの利権が復権し始めた頃から派手な遊びをしてきた連中は皆、どこかに行ってしまった。一説には日本より物価の低い海外で暮らしているとか。

 それと一時期、男も女も関係なく子女たちの素行の悪さが瞬間的に目立ったことがあった。
 撫子もまだ二十代後半で悪い遊びにも頻繁に誘われはしたが表の仕事があるからともっともな理由を付けて夜遅くまで、深くは付き合わなかった。それに熊井宗一郎が許婚であると言うことも功を奏していたのだ。龍堂撫子にはオトコがいる。それもとんでもないヒグマがついている、と。

 (とかなんとか言っても龍堂の娘の名を手離さない私もマトモじゃないけどね……自分で自分のお尻をどうにかする術は身に着けたつもりだけど)

 ふむ、と息をついた撫子は外に出る前に冷蔵庫内の残り物チェックをしてから会社に向かう。自分の承認が必要な書類について連絡が来ており、データとしては確認していたのであとは必要な所に記入をして印鑑を捺すだけ。

 でもその前に、実家にも寄りたい。
 何着かビジネス用の服は持ってきているし着まわすタイプなので不都合はないのだが今日はスーパーとは言え、宗一郎とデートだ。
 ビジネス寄りでもちょっと洒落た格好をしたくなってしまった。
 父親はどうせ組事務所の方にいるだろうし、かち合うこともないだろう。

 会ったら、戦争だ。

 外に出た撫子はまず実家に寄ってから会社に赴き、軽く一筆を終わらせる。そして社員から仕事の状況を口頭で聞きながらまだ暫く出てきたり出てこなかったりになるかも、と自分の予定を告げつつ宗一郎との約束の時間になるとまたとんぼ返りのように会社から出て行った。
 勝手知ったる社員たちは「リモート増やすなんて珍しい」と口々に噂するが「熊井さんとの同居の支度してるみたいだから仕方ないっしょ。大体、社長って自分で忙しさを作ってるような人だし」で話が終わってしまった。皆、一応は撫子からニュアンス程度に宗一郎との関係の進展について伝えられていたのだが話に若干尾ひれがついて「同居の支度」になってしまっているのを知らない。

 ビルの前の通りの路肩に宗一郎の移動車が停車する。
 すぐに中からドライバーではなく宗一郎が出て来て、ネイビーのフレアスカートをはいている撫子をエスコートする。スカートは会社に来る前に撫子が実家に寄り、わざわざ身に着けて来たものだった。

 仕事の時はタイトスカートが常の彼女がふんわりとしたフェミニンなスタイルになっている事に宗一郎も気が付く。
 もしかして、と思っていれば「宗君も中のシャツ、ハイネックに着替えたんだ」と撫子が先に言う。

 「だって撫子さんとその……デートだから。俺、ちゃんとカタギに見えてますか」
 「カタギかどうかはまあ、うん。でも私も宗君と同じ」

 ちょっとしたデートと考え、いつもとは違うスカートをはいて来たと言う撫子に宗一郎のご機嫌は急上昇する。

 「予約しといたのは結構カジュアルな所なんですけど、スイーツが美味しいみたいで」
 「ほんと?楽しみ」
 「撫子さんとお昼どうしようかな、って話をしていたらウチのメシが好きな松田が勧めてくれたんです」
 「あの子、センス良いわよね。初日にお惣菜を頼んだ子でしょ?」
 「ええ。俺も重宝させて貰ってて。そう言うのも外交で必要だと思って傍に置いてるんです」

 宗一郎なりの舎弟の使い方を語る口ぶりは真剣だった。
 彼も世の中を見据え、自分なりにこの後のことを考えていると撫子は知る。

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