クマとナデシコ 博堂会次期若頭候補の熊井宗一郎は撫子さんの愛が欲しい
第5話 光と影の間にあるもの
幾らかリビングで過ごした後、宗一郎は撫子が眠っている隣へと潜りこむと布団を被る。彼女の寝姿も眺めていたいが……彼は悩んでいた。
自分のこの彼女にだけ向ける愛情はホンモノなのかどうか。
さっき、シャワーを浴びながらほのかに熱が昂ってしまった。
今日は撫子にも相手が誰なのか言えない国見組の組長、国見隼人との会食だった。自分の父親に直接『宗一郎君を』と連絡を寄越してきたのだ。
そんないつもとは違う強めのストレスを受けた反動が撫子に向いてしまうのは絶対に良くない事を宗一郎も分かっていた。一番身近な、しかも愛している彼女への愛情を濁った感情で穢したくなどない。
もぞ、と隣の塊が動く。
起こしちゃったかな、と宗一郎は少し様子を伺ったが撫子は寝入っているようで息をつく。
(撫子さんを神聖視して何が悪い。国見さんだって撫子さんのことは娘みたいな存在だと言っていた癖に)
宗一郎はつい先ほどまで会っていた国見の「お前、気を付けろよ」との言葉を反芻する。
彼は国見から撫子に向ける“感情”について釘を刺されていた。
(ねえ撫子さん、俺たち上手くやれてますよね……)
寝ていると知って宗一郎は体の向きを変えて撫子の方に体を向ける。自分より小さな布団の膨らみすらも愛おしい。
彼女のことは自分が守ってあげなくちゃならない。それは龍堂に婿入りをする以前に心に決めていたこと。
撫子のことは誰よりも自分が考えて、想っている。
――誰にも奪わせたりなんかしない。
ましてや……と宗一郎は国見に見透かされていた事がこのことだったのだと気が付いていなかった。彼のその撫子に対する盲目的な部分が危ういのだ、と。
宗一郎は目覚め、夜はすっかり明けていた。
ベッドに撫子はおらず、時間を確認してみればもう九時。お試しの同棲を始めてから彼女のルーティン的にはもうとっくに起きて朝の支度を済ませている時刻。
「あ、宗君おはよ。松田君が起こさなくて良いって連絡をくれたから起こさなかったんだけど」
「んん……おはよ、ございます」
「昨日はお疲れ様だったみたいね」
キッチンに立っている撫子はやはり身支度を整え、コーヒーをお供に一人分の朝食を食べようとしていたところ。
「私、今日は出勤してくるから宗君はゆっくりしてて。松田君も午前中は予定入れてないって言ってた」
昨日、撫子は宗一郎の舎弟の一人である松田と連絡先を交換していた。その方が何かと便利だし、宗一郎の所の他の舎弟を足代わりに使ったりなどしても良いとのことだったがどうやら彼の一日の予定も共有してくれるようだった。
「どうする?朝ごはん食べる?」
「ん゛……顔洗ってきます。あと自分で用意、しますから……撫子さん先に」
「そう?じゃあ私はお先に」
必ずしも互いの時間が合うわけではない。
たとえ楽しみにしていた撫子との朝食でも、表向きの仕事がある彼女の時間を優先しなくてはならない。
顔を洗い、軽く身支度を整えた宗一郎がリビングに来る頃には撫子は既に食器類の予洗いを済ませていた。
食べるの早いな、と彼が思うのも当然で。撫子は本当はもう少し早く仕事に出る筈だったのだが宗一郎が起きるのを少し待っていた。
「宗君、夜ご飯楽しみにしててね」
にこっと笑った撫子はかっちりとした仕事用の服装。メイクもはっきりとして、宗一郎の憧れる彼女の姿だった。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。撫子さん、気を付けて」
「うん」
じゃあね、と少し慌ただしく出勤していった撫子。
それでもキッチンやダイニングテーブルは理路整然と片付いており、宗一郎の朝ごはん用のパンなどもひと目で分かるように置いてあった。
「美味しい……」
撫子が作り置きしていってくれたスクランブルエッグをひと掬い。ふわふわの卵を口に運べば数種のハーブが入ったシーズニングの風味が広がる。
作ってるところも見たかったな、と朝食を終えてシンクの中によけてあった予洗い済みの撫子が使った食器類を自分が使った物と一緒に洗う。
食洗器もあるがこの程度なら手洗いの方が断然に早いし、今日の自分は時間がある。
(掃除道具は玄関の収納にあるみたいだし、手が空いてるなら俺もやらないと)
これも撫子と暮らすには絶対に必要なこと。実家の部屋、プライベートな部屋の掃除はしっかりと自分で行っていた宗一郎は一人静かに簡易ながらも部屋掃除を始める。