クマとナデシコ 博堂会次期若頭候補の熊井宗一郎は撫子さんの愛が欲しい


 「関本君も大変って言うか、横の繋がりとかアレでしょ?」
 「まあな。俺は実家の親にあたる国見さんの所に出向している身でありながら気に入って貰っちまって」
 「それは関本君が堅実に大学まで出たから」
 「インテリヤクザって言われてもなあ。俺んち武闘派だったのが性に合わないでいたら国見さんが目を掛けてくれて」

 撫子と関本の同級生二人が仲良さそうに話しこんでいると半個室の中に顔を出す者がひとり。

 「グラスの交換とか軽いメシとか大丈夫ッスか?」

 話しかけて来たのは宮野木兄弟の弟。先ほど出迎えてくれてから暫く時間が経ったので様子を伺いに来てくれたようだった。

 「ああ、すまねえな。お前、兄貴と店を持ちたいと言っていた……だろ?」
 「っはい!!そうッス!!」
 「お兄さんは私たちより二つ下だったかな。落ち着いて来る年齢で、ちゃんと計画的に準備資金も貯めてるの」
 「おー、珍しいな。この前もウチの仕切りの時に兄弟揃って来てくれてたんだよな」
 「正直、先輩にあたる皆さんに顔覚えて貰うのが一番ッスから」

 そんな宮野木は「今日は熊井さんいらっしゃらないんスか?」と撫子に問う。彼の立場上、少々不躾な問いではあるが知らない仲では無い。兄の方も別店舗、博堂会系のホストクラブで長年不動のエースと言う地位を築いて売り上げ(アガリ)に大きく貢献していた準構成員のようなもの。

 「宗一郎君は少し遅くなるみたいだけど来る予定よ」
 「そっスか。あ、今日もなんかあったら俺のこと使ってください。何でもしますんで」

 宮野木の様子から自身の営業をしているんだな、と撫子は感じたのでその心意気を汲んでやる。主に兄の方から店舗確保の相談を受けていたので弟の積極的な姿を見るのは悪くなかった。

 「ああ、あと今さっきなんスけど撫子さんが来てるか聞かれて。知ってます?ミツオカさんだったかな」
 「光岡令士さんね。博堂系の人よ」
 「あーじゃあ呼んじゃったりしても大丈夫的な」
 「ええ。通して大丈夫。今日来てる人たちはみんな顔見知りとか話したことある人たちばかりだから誰でも近づけて大丈夫。気にしてくれてありがとうね」

 龍堂撫子がどのような人物かを知る者たちだけの飲みの席。
 たとえ極道の子女たち、幹部たちが集まっていても撫子の地位は揺るがない。この場では彼女が女王だった。

 「なあ撫子、お前やっぱり綺麗だな」
 「は……?」

 珍しく唇を半開きにしてぽかんとした抜けた表情になる撫子は関本の大真面目な眼差しに次第に眉根を寄せる。

 「いや、変な意味じゃなくて」
 「じゃあどう言う意味なのよ。これでも多少は立場を考えてお金を掛けてるんだからそれなりに見えなきゃ失敗だわ」
 「ちげーよ。メシちゃんと食ってそうだとか、なんかソッチの方」

 仲が良さそうに込み入った話をする二人に宮野木はその場からそっと離れる。龍堂撫子には『許婚』がいる。今どきそんな古臭い因習じみたことなど計略としての結婚でしか成り立ちはしない、と……まだ若い彼は思ってしまった。だから撫子の本命は宗一郎ではなく同級生の関本なのではないのだろうか、なんて。

 そう考えるのはごく自然で、何も間違っていない。
 事実、関本に内縁ながら妻がいることは隠されていてこの場にいる人間の中ではせいぜい彼を補佐する国見組の者の中でも二人くらい。

 「それで、だ……筆頭とはどうなんだ。話をしたんだろ?」
 「まあ和解した、みたいな。私が宗君のことを好きとか、そう言うのについては本当に偶然だと思う。不思議と小さな頃から嫌いじゃ無かったし」
 「運命ってやつか」
 「ねえ関本君、本当に大丈夫?さっきから思考がロマンチストになってるんだけど」
 「言っちゃわりーかよ」
 「と言うことは……奥さんにはもっとこうなんて言うのかしら。メロウな感じの甘い言葉とか伝えちゃってたりして」

 ふん、と恥ずかしそうに撫子から視線を逸らした関本の頬が赤くなっている。風味程度のブランデーのせいではない。

 「それが夫婦ってモンだろ」

 赤い頬で言う男の言葉に撫子の心がどきりとする。

 「そ、そっか……そうよね」

 互いに頬を赤くさせ、俯いてしまうが撫子の口元は嬉しそうに口角が上がっており、それは関本も同じだった。

 「与太話にしちゃあロマンチックすぎたか?」
 「ううん。参考になる……」
 「十年で築いた功ってヤツだな」
 「私も、なれるかな」

 勇気を出して良き友人に相談をする撫子。
 膝の上に置いていたブランド物のハンカチは皺になりそうなくらい強く握られ、意を決して問うているのを関本は見た。

 「ああ、なれるだろうよ」

 無責任な言葉じゃないからな、と付け足される。
 友人からの心強い言葉は撫子の意識をさらに変えていく。

 「って悪い。ちょっと電話」
 「忙しいわねえ」

 じゃあね、とソファーに座ったまま撫子は関本を見送る。
 宮野木の弟が言うには光岡も来ているらしいが撫子は少し、関本との話の余韻に浸るべく背中をゆったりと背もたれに預けた。
 硬すぎず、深く沈み込み過ぎないこのソファーは少しリラックスしながら飲むのには最適。その日の夜の上客(お姫様)を持て成すのに打って付けだった。

 「龍堂さん、プリンとか食わねッスか?デザート担当のシェフがちょうど来てて……って関本さんいねえスね」

 タイミングよく顔を出した宮野木は可愛らしいプリンアラモードを二皿、丸い金属トレーに乗せていた。このホストクラブの大胆なコンセプト変更の一部であるスイーツ部門。来てもらいたい客層は下品な大騒ぎをしないタイプ。キャストとの夢の時間を美味しいスイーツとラグジュアリーな空間で楽しんで貰いたい国見の方針……と撫子はプリンに目を細める。

 まだ二人で話しこんでいると思ったのか二皿のプリンアラモード。
 プリン本体は見た感じ硬め。生クリームに可愛いカラースプレーが振りかけられている。そのトッピングもピンクを基調とした物とノーマルそうな物がそれぞれ一皿ずつになっているところを見るとピンクの方は撫子向けらしい。

 「宮野木君、これ関本君じゃなくて誰が食べても大丈夫?」
 「もちろんッスよ。ピンクが撫子さん用のだそうです」
 「そう……分かった。関本君はまた暫く戻って来ないと思うから光岡令士さんをここに呼んで貰っても良いかしら。さっき話し掛けられたなら覚えてるかもしれないけど背がすらっと高くて髪がウェーブの人。多分、ここのスペースに私がいることに気が付いてないかも」

 撫子の言葉に大仰にホストらしく「姫のお願いなら」と宮野木は出て行く。
 一人になった撫子はスプーンでプリンをひと掬いし、ふるふると揺れる様子を見ていた。

 
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