クマとナデシコ 博堂会次期若頭候補の熊井宗一郎は撫子さんの愛が欲しい


 撫子が出してくれた甘いアイスのチョコレートドリンクとシュガードーナッツをぺろりと平らげて今日のところは帰って行った光岡。その向かい側、宗一郎の隣に座っていた撫子はカラになったグラスを見つめていた。

 「宗君、凄かったね」
 「はい……瞬く間に減って……」
 「最後に持たせた折箱の中身も関本君たちが美味しいって家でリピートしてる甘いのなんだけど」
 「光岡さん、凄い胃袋して……ん?」

 あ、と撫子は思ったが宗一郎が引っかかったであろう「関本君たち」とそのあとの「家で」の部分。
 国見組で甘い物やら茶菓子の調達が得意なのは関本一人のはず。それを今、撫子は複数形で言ったと言うかまるで彼が家庭でも持っているかのような言い方をした。

 「俺、撫子さんって関本さんと仲が良いから俺より気があるのかなって思ったりしたこともあったんですけど……もしかして関本さんって」
 「うん。関本君、大学時代からずっと彼女がいるの。私とも友達で、今は彼の内縁の奥さん」

 もう十年は一緒に暮らしてる、と暴露をされた宗一郎は目を見開く。

 「それ、ほんと……?」

 嘘を言ったって仕方のない話。

 「私たちからしたら先輩も先輩。今回の同棲のことも少し相談に乗って貰ってたりして」
 「そんな……ええ……俺、てっきり関本さんと撫子さんって」
 「まあそれもカモフラージュの一環よ。奥さんはカタギなの。でも二人とも学生時代からすごく仲良しで私の入る隙なんて絶対にないから」

 驚きを隠せない宗一郎の脳内にはパリッと決まったダークスーツ姿の関本がいるが、そんな彼にはすでに長いこと内縁の妻が存在していたなんて。

 「俺、それ知っちゃって大丈夫ですか」
 「うん。だって関本君、私たちの事すごく真剣に応援してくれてたのよ?後で私から伝えておくね」

 そして本当はあのクラブで宗一郎と二人揃って関本に結婚の報告をしたかった、と撫子は言う。それを聞かされた宗一郎はあんな事態になってしまったことを再び撫子に詫びる。

 「私に危ない薬を摂取させて事務所で休ませるフリをして裏口から運び出す……良く出来たシナリオだけど私もまだまだ警戒心とか雰囲気が甘かったのかな。ヤれそうに見えちゃった、とか」
 「そんな、撫子さんに非なんて絶対に無い。アレは、アイツらは」
 「そう、そうね……許してはいけない。あれから宮野木君の弟の方はどう?関本君を通してお兄さんからも謝罪の言葉はあったんだけど」

 問題の宮野木の弟の方。いくら売掛金を今回の首謀者であるクラブ専属のシェフに肩代わりをして貰い、逆らえなかったとしても。加害しようとした相手は『龍堂撫子』だ。ましてや現場は国見組の持ち物であるホストクラブ。手を出してはならない者に手を出した彼はもう、歌舞伎町にはいられない。

 「兄弟ともに国見組の下部組織の預かりになりました」
 「それって国見さん個人の温情?」
 「ええ、その割合が多いです。でも撫子さんに手を出した落とし前は兄弟の連帯責任として……今、経営があんまり良くない店が池袋にあるからそこを二人で立て直せ、とのことです」
 「あらら……ってことは、二人でお店を持つ夢は叶っちゃったんだ」
 「まあアガリの徴収はキツいと思いますけど国見さんも考えましたよね。お兄さんの夢は叶ったし、弟の方もやる気はまだあるみたいです」

 博堂会、国見組による処分と顛末を聞いた撫子はふ、と息をつく。

 「さて……今夜は帰ったらだらだらする日にしてもいい?」
 「ええ、もちろん」

 でれでれと眉尻を下げて撫子の問いを了承する宗一郎は最近、冷蔵庫の中の物を食べきるテクニックを覚えて来ていた。
 管理の大半は撫子がしているが、自分たちは一緒に暮らしているのだから。

 ――これからも、一緒に暮らすのだから。

 夜になり、夕食も終えてソファーに寝転がりながらスマートフォンをいじっていた撫子。宗一郎はキッチンに……ではなく広いリビングの隅に積まれている段ボール箱の一つを軽々と腕に抱えた。

 「これは撫子さんの部屋のだけど、ベッドの横が良いですか?それとも」
 「うーん……だめ。やっぱり私もやる」
 「寝転がりながら現場監督してて良いのに」
 「やだ、落ち着かない」

 がばっと起き上がった撫子は宗一郎が抱えている段ボール箱に走り書きしてある『デスク小物』の名目を確認する。

 「この中身はデスクまわりのやつだからまだ入り口の隅っこにお願いしようかな」
 「わかりました」

 二人は今、引っ越し作業の真っ最中。
 龍堂、熊井の両家の父親が仕立てたこの中層マンションの最上階。部屋数は少ないが広くとってある開放感のある間取り。シンプルで暮らしやすいと判断した撫子が宗一郎に「このままここに住んじゃおうか」と相談した結果、すぐに二人はそれぞれに実家にあった荷物を運びこみ始めた。
 この部屋のままで、と言う理由には体の大きい宗一郎でも暮らしやすい、と言うのもあった。セキュリティも今の所問題はないし、ここは……博堂の持ち物だ。撫子とはまた違う、より黒い方の業者が持っている。

 この部屋はとりあえず住むには申し分なく、二人とも急な引っ越しの連続は流石に負担で。撫子も自分の仕事があるし、宗一郎とてヤクザとして日々、イロイロとあるのだ。

 ・・・

 「んん~っ」

 夜は更け、ベッドの上でのびのびとしている撫子に笑ってしまう宗一郎は隣に腰を下ろす。もうすでに髪がくしゃくしゃになりかけている彼女の素の状態を眺めるのも良いモノだった。

 「そうだ。一応、龍堂からも宗君をお迎えするのに必要な物とか揃えるってお父さんが言ってたんだけど」
 「家具とかは大体揃っちゃってますし」

 ね、とベッドに転がった二人は部屋を見回す。
 これら全ては龍堂、熊井の両家から資金提供されていた。贈与税など知ったこっちゃない。

 「そうだなあ……俺、布団は実家のデカいやつ持って来たし」

 二人で暮らすには十分な設備が既に整っている。
 撫子も実家の離れにあった仕事用のデスクは置いてきて新たに一つ、購入していた。それは到着次第、宗一郎の舎弟が来て組み立ててくれる。
 ちなみに古い方、そして離れの部屋は住み込みの鈴木の部屋になる予定。だから撫子は彼が使っても良いようにデスクとチェアは置き土産として置いてきていた。

 ごろごろとしている内に二人は自然と向かい合う。

 「うーん、欲しいものかあ……それなら俺、撫子さんの愛が欲しいな」

 宗一郎の愛しさが滲み出ている表情に撫子は弱かった。
 彼に見つめられては、何でも許してしまいそうになる。

 「それ、まだ足りなそう?」
 「まだまだ、全然足りないです」
 「しょうがないなあ」

 上半身を起こした撫子はずるりと宗一郎の上にのしかかり、受け止めて貰う。嬉々として大切な人の重さと温もりを広く分厚い胸に抱き込む宗一郎は彼女の背中を優しく撫でる。

 「撫子」

 その時、初めて呼び捨てにした宗一郎に細い肩が跳ね上がったのは言うまでもなく……そして。

 「宗君どうしよう。ムラムラしてきちゃった」

 とんでもない事を言い出す妻は夫の厚く発達した胸元をまさぐり出す。

 「えっ、俺がされちゃう方ですか?!」
 「だって私に愛して欲しいんでしょ?」
 「言葉の捉え方がヤクザだ……っあ、撫子さんそれ、だめ」
 「もう、宗君はすぐ気持ち良くなっちゃうんだから」

 笑って、愛して、愛されて。
 宗一郎を指先で愛し始める撫子だったがそれはほんの数分のこと。形勢逆転、ひっくり返されて寝間着を剥かれ、涙が滲むほどに宗一郎に深く愛されて。


 ――そして二人の同棲生活はもう間もなく、新婚生活に切り替わる。



 『クマとナデシコ 博堂会次期若頭候補の熊井宗一郎は撫子さんの愛が欲しい』 おしまい。



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