世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
「……それでさー、今度の彼が──」

「ただいま」
玄関から聞き慣れた声がした。

「あっ」
一瞬で2人のテンションが変わる。

「……帰ってきた、王子」
結花が、声をひそめて吹き出すように言った。

「じゃあ、ご飯だからまた今度ね」
璃子が苦笑しながらスマホに向かって告げた、そのとき。

「友達?」
湊が気にせず覗き込んでくる。

画面に映った顔を見て、千紗が咄嗟に「こんばんは」と少しかしこまって挨拶する。
結花は顔を半分隠しながら、小さく「こんばんは……」と照れ笑い。

「こんばんは、いつも璃子がお世話になっております」
湊は自然体で、にこやかに頭を下げた。

するとすかさず結花が、
「こちらこそ!いつも璃子からお土産話とか裏話とか、ありがとうございます〜」
とおどけた調子で返す。

「いやいや、どんな情報が流されてるのか気になりますね……」
湊が笑いながら言うと、

千紗がしれっと言う。
「璃子が、湊さんに溺愛されてるっていうのだけは確かですね」

「ちょっ、もう、切るからね!」
璃子が慌ててスマホの通話終了ボタンをタップ。

画面が真っ暗になったタイミングで、湊が肩をすくめる。

「……あーあ、残念。友達からいろいろ聞き出せそうだったのに」

「聞かなくていいし」
璃子は頬を軽くふくらませる。

「それより、お父さんに伝言頼まれてるから。早く着替えてきて」

「了解、お嬢さん」
湊は冗談めかして敬礼すると、ふっと優しい笑みを残して、寝室へと向かっていった。

璃子はその背中を見つめながら、思わず口元を緩めた。

──ほんとに、もう。
こんな日常が、どれだけありがたいかって、つくづく思う。
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