痛くしないで!~先生と始める甘い治療は胸がドキドキしかしません!~
「先生がね、本当にすっごくかっこいいのよ!」

 医者にかっこいいはまったく必要ない! と、百合は思っている。

(そんなことよりも大事なのって、患者に寄りそう気持ちだと思う!)

 経験上、医者の中でも歯医者にいい出会いがあったことがない。

 幼少期はおじいちゃんみたいな頑固で怖い先生で、中学の時は我慢しようねと押さえつけるきつい女医だった。最後に通った先生は若い先生だったけど、百合の気持ちをことごとく裏切る医者だった。

(痛いって言っても聞いてくれなかったし、すぐに抜こうって言って怖すぎたし、最後は自費治療を勧めてくる金の亡者みたいな先生だった!!)

 男でも女でも歳がいってても若くても医者に期待ができない、百合は勝手に医者に絶望しているのだ。


 十七時の定時上がりをして駅前のビルを見上げて百合は立ちすくんでいた。

(どうしてチョコレートをあの時半分に噛んで食べようとしちゃったんだろう)

 百合の後悔する部分はそこではない気がするが、大きなキッカケになったのはあながち間違いでもない。
 銀歯が取れたことと、奥歯の痛みがさすがに我慢できない。そして冴子にあれこれと脅されてなんとかここまでやってきたものの、ビルに入るにはまだ勇気が出ない百合だ。

 そもそもここまで来れたのも、憧れる冴子が推す病院だからだ。ひとりだとそんな気持ちも時間と共にブレだしてくる。

 診察受付時間は十八時までとある。まだ時間はあるがあまり帰宅が遅くなるのも困る。予約もしていないし歯医者は無駄に待たせるではないか。あまりここで時間を使うのは得策ではない、そうは思ってはいるが百合の足取りはやはり重かった。
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