君と紡いだ奇跡の半年
放課後の音楽室では
またバンドの練習が再開された。
「湊、今度の新曲の歌詞、もう書けそう?」
真がギターのチューニングをしながら聞いてくる。
「うん。なんとなくイメージはできてきた」
「紗希もキーボードのアレンジ進めてくれてるんだろ?」
「うん! 湊の歌詞が完成したら合わせるから、早く書いてね」
「プレッシャーだな」
笑い合いながらも、練習は順調に進んでいった。
音楽に集中しているときだけは、不安を少しだけ忘れられた。
*
その日の練習が終わり、楽器を片付けながら紗希がぽつりと言った。
「ねえ……湊」
「ん?」
「本当に、大丈夫?」
少し俯きながら、不安そうにこちらを見ている。
その目に映る心配が痛いほど伝わってきた。
「大丈夫だよ」
そう答えた俺の声は、思った以上に軽かった。
嘘をつくのは、これが何度目だろう。
でも、この嘘だけは許して欲しかった。
「……そっか。無理だけはしないでね」
紗希は微笑んでくれたけれど、その瞳の奥に残る不安は消えていなかった。
真も横で黙ってそのやりとりを見ていた。
「湊。明日さ、学校終わったらちょっと付き合えよ」
「ん? どこ行くんだ?」
「秘密だ」
真はニヤッと笑った。
俺は軽く肩をすくめる。
「わかったよ。付き合うよ」
「決まりだな」
その後、俺たちは学校を後にした。
*
翌日——
放課後になり、真と待ち合わせをして歩き出す。
「で? どこ行くんだよ?」
「まあまあ、着けばわかるって」
真は終始ニヤけたまま歩き続ける。
着いたのは、河川敷の土手だった。
夕陽がゆっくりと沈み始めていて、空はオレンジ色に染まっている。
「ここ?」
「そう。……ほら、あの時よくここで練習しただろ」
確かに、まだ音楽室が使えなかった頃はここでよく音を合わせていた。
懐かしい記憶がよみがえってくる。
「実はさ、またここで一曲やりたくて。思い出の場所だしさ」
「急だな……」
「いいから、ほら。準備してきたから」
真は車から小さなアンプとアコギを取り出した。
俺は思わず吹き出した。
「マジで準備いいな」
「当たり前だろ。今日ここで歌えよ、湊」
真の顔は、少しだけ真剣だった。
俺はゆっくりとアコギを受け取る。
「わかった。……歌うよ」
軽くギターの音を鳴らし、音を確認する。
風が優しく頬を撫で、空の色がゆっくりと紫に変わっていく。
「いくぞ」
「ああ」
静かに奏で始めたのは、俺たちが初めて作ったオリジナル曲だった。
歌い出すと、胸が熱くなっていくのが分かった。
歌詞のひとつひとつが、今の自分に突き刺さる。
『どんな未来でも 君となら越えていける』
夕暮れの空に、俺の声が溶けていった。
歌い終わると、しばらく沈黙が流れた。
「……ありがとう、湊」
真の声が少しだけ震えていた。
「なんでお前が泣きそうになってんだよ」
「バカ、泣いてねぇよ」
お互い照れ隠しのように笑い合った。
「なあ湊——」
「ん?」
「どんなことがあっても、俺たちはバンド続けような」
「ああ。約束する」
俺は力強くうなずいた。
*
それからの日々も、穏やかに過ぎていった。
新曲のアレンジも順調に進み、次の小さなライブイベントの出演も決まった。
学校生活も何とか普通に過ごせていた。
でも——心の奥底には常に、あの言葉が重くのしかかっていた。
『余命半年』
時計の針が刻むたびに、残りの時間が減っていく恐怖が消えることはなかった。
笑顔の裏側で、常に怯えていた。
それでも——
「おはよ!」
紗希の明るい声に、救われていた。
真のバカみたいに明るいノリにも、救われていた。
そして、音楽に——救われていた。
俺はただ、今を生きることだけを考えようとしていた。
……けれど。
その『普通』は、あまりに脆く崩れたのだった。
*
その日は突然だった。
登校中、交差点の信号待ちをしていた時——
頭の中に、鋭い痛みが走った。
「っ……!」
世界が歪む。
耳鳴りと共に、足元がぐらついた。
視界の端にトラックが突っ込んでくるのが見えた。
誰かの叫び声——。
ぶつかる——瞬間。
何かが強く引っ張るような感覚に襲われ——
……気づいた時、俺は。
*
白い天井が、目の前に広がっていた。
耳には、機械の規則的な電子音。
デジャヴのような光景——。
「……湊くん、意識戻ったね」
——医師の声。
…待てよ
これと全く同じ場面を、俺は——
一体…どういう…ことだ?