君と紡いだ奇跡の半年



放課後の音楽室では

またバンドの練習が再開された。




「湊、今度の新曲の歌詞、もう書けそう?」



 真がギターのチューニングをしながら聞いてくる。

「うん。なんとなくイメージはできてきた」

「紗希もキーボードのアレンジ進めてくれてるんだろ?」

「うん! 湊の歌詞が完成したら合わせるから、早く書いてね」

「プレッシャーだな」

 笑い合いながらも、練習は順調に進んでいった。

 音楽に集中しているときだけは、不安を少しだけ忘れられた。



 その日の練習が終わり、楽器を片付けながら紗希がぽつりと言った。

「ねえ……湊」

「ん?」

「本当に、大丈夫?」

 
少し俯きながら、不安そうにこちらを見ている。

 その目に映る心配が痛いほど伝わってきた。



「大丈夫だよ」



 そう答えた俺の声は、思った以上に軽かった。

 嘘をつくのは、これが何度目だろう。

 でも、この嘘だけは許して欲しかった。


「……そっか。無理だけはしないでね」


 紗希は微笑んでくれたけれど、その瞳の奥に残る不安は消えていなかった。

 真も横で黙ってそのやりとりを見ていた。

「湊。明日さ、学校終わったらちょっと付き合えよ」

「ん? どこ行くんだ?」

「秘密だ」

 真はニヤッと笑った。

 俺は軽く肩をすくめる。

「わかったよ。付き合うよ」

「決まりだな」

 その後、俺たちは学校を後にした。





 翌日——



 放課後になり、真と待ち合わせをして歩き出す。

「で? どこ行くんだよ?」

「まあまあ、着けばわかるって」

 真は終始ニヤけたまま歩き続ける。

 着いたのは、河川敷の土手だった。

 夕陽がゆっくりと沈み始めていて、空はオレンジ色に染まっている。

「ここ?」

「そう。……ほら、あの時よくここで練習しただろ」

 確かに、まだ音楽室が使えなかった頃はここでよく音を合わせていた。

 懐かしい記憶がよみがえってくる。

「実はさ、またここで一曲やりたくて。思い出の場所だしさ」

「急だな……」

「いいから、ほら。準備してきたから」

 真は車から小さなアンプとアコギを取り出した。

 俺は思わず吹き出した。

「マジで準備いいな」

「当たり前だろ。今日ここで歌えよ、湊」

 真の顔は、少しだけ真剣だった。

 俺はゆっくりとアコギを受け取る。

「わかった。……歌うよ」

 軽くギターの音を鳴らし、音を確認する。

 風が優しく頬を撫で、空の色がゆっくりと紫に変わっていく。

「いくぞ」

「ああ」

 静かに奏で始めたのは、俺たちが初めて作ったオリジナル曲だった。

 歌い出すと、胸が熱くなっていくのが分かった。

 歌詞のひとつひとつが、今の自分に突き刺さる。

『どんな未来でも 君となら越えていける』

 夕暮れの空に、俺の声が溶けていった。

 歌い終わると、しばらく沈黙が流れた。

「……ありがとう、湊」

 真の声が少しだけ震えていた。

「なんでお前が泣きそうになってんだよ」

「バカ、泣いてねぇよ」

 お互い照れ隠しのように笑い合った。

「なあ湊——」

「ん?」

「どんなことがあっても、俺たちはバンド続けような」

「ああ。約束する」

 俺は力強くうなずいた。



 それからの日々も、穏やかに過ぎていった。

 新曲のアレンジも順調に進み、次の小さなライブイベントの出演も決まった。

 学校生活も何とか普通に過ごせていた。

 でも——心の奥底には常に、あの言葉が重くのしかかっていた。

『余命半年』

 時計の針が刻むたびに、残りの時間が減っていく恐怖が消えることはなかった。

 笑顔の裏側で、常に怯えていた。

 それでも——

「おはよ!」

 紗希の明るい声に、救われていた。

 真のバカみたいに明るいノリにも、救われていた。

 そして、音楽に——救われていた。

 俺はただ、今を生きることだけを考えようとしていた。

 ……けれど。

 その『普通』は、あまりに脆く崩れたのだった。



 その日は突然だった。

 登校中、交差点の信号待ちをしていた時——

 頭の中に、鋭い痛みが走った。

「っ……!」

 世界が歪む。

 耳鳴りと共に、足元がぐらついた。

 視界の端にトラックが突っ込んでくるのが見えた。

 誰かの叫び声——。

 ぶつかる——瞬間。

 何かが強く引っ張るような感覚に襲われ——

 ……気づいた時、俺は。



 白い天井が、目の前に広がっていた。

 耳には、機械の規則的な電子音。

 デジャヴのような光景——。

「……湊くん、意識戻ったね」

 ——医師の声。

 …待てよ

これと全く同じ場面を、俺は——

 一体…どういう…ことだ?
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