結婚式の日に裏切られた花嫁は、新しい恋に戸惑いを隠せない


「お世話になります」

彩奈は隣に座っている男性に頭を下げたが、無言でうなずいただけだ。
とても無口な人なのか、彩奈を嫌っているのかのどちらかだろう。

「井口彩奈と申します」

早瀬(はやせ)です」

彩奈が名乗ると、男性は名前を言いながら名刺を差し出してくる。

(早瀬М&Aパートナーズ代表取締役社長 早瀬湊斗(みなと)

運転手付きの車に乗っているくらいだからお金持ちなんだろうと思っていたが、彩奈でも知っている会社だった。
ここ数年のМ&Aブームに乗って急成長している会社だということくらいはわかる。

そう言えば経済紙でも紹介されていたなと、思い出した。新聞写真の写りが悪かったせいで、ここまで美形だとは思っていなかった。
あまりにも無口な人のようだが、きっと社長だから営業トークをしなくてもいいのだろう。

自己紹介をしてからも、ずっと黙っている。
もし嫌われているなら、これ以上気分を害してはいけない。そう思った彩奈は必要以外は口を閉じておくことにした。

ふと、窓の外を見る。ビル街から少し離れているようだ。
彩奈は車が向かっている方向が気になってきた。

「すみませんが、どちらの病院でしょう」

「友人が勤めている病院だ」
「ですから、どちらの……」

「守屋総合病院」

面倒なのか、ぶっきらぼうな答えだ。

彩奈は血の気が引いていくのがわかった。守屋総合病院は、徹の父が院長を務めている病院だ。
徹は医師ではなく、医療関係の経営コンサルタント会社に勤めていた。
いずれは弟が医師になって病院を継ぎ、徹は事務長として経営に参加すると聞いていた。

あれからまだ三ヶ月しかたっていない。徹とは二度しか会ったことがないから、親しみはない。
もう縁もゆかりもない相手だと思っていても、守屋総合病院へ足を踏み入れるのには勇気が必要だった。

行きたくない。でも、行きたくない理由を聞かれても答えられない。
彩奈の心は揺れていた。





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