結婚式の日に裏切られた花嫁は、新しい恋に戸惑いを隠せない
「危ないじゃないか」
彩奈と運転手がホッとしていたら、不機嫌そうな声がした。どうやら後部座席に乗っていた男性が降りてきたようだ。
「社長、申し訳ございません」
運転手は頭を下げて謝っている。
社長と呼ばれた若い男性は少しウエーブした茶色っぽい長髪で、きちんとした濃紺のスーツには不似合いな印象だ。
おまけに彫の深い顔立ちは整いすぎて、どんな感情なのかわからない。怒っているのか、驚いているのかわかりにくいのだ。
「ケガは?」
彩奈のほうに近寄りながら、男性は低い声で尋ねてきた。何か文句でも言われるのだろうかと彩奈は身構えた。
「大丈夫です。急ぎますので失礼します」
次のアルバイトまであまり時間の余裕がないから、彩奈はすぐにその場を離れようとした。
「ケガをしていないのか?」
「私は大丈夫なので、こちらのお子さんをお願いします」
彩奈が抱き合っている母子のほうを指したら、男性が何か言いかけた。
「井口さん! これ使って」
コンビニの店長まで店から飛び出してきた。手には売り物の絆創膏を持っている。
「ありがとうございます」
彩奈は店長に礼を言って受け取ると、男性たちにお辞儀をしてから急いで駅に向かった。
ここで時間をとられるわけにいかない。
出勤時間よりタイムカードを押すのが遅れたら、時給が減ってしまうのだ。
せっかく時給が高い五時からの勤務にしたのに、遅刻したら意味がなくなる。
とりあえず男の子は無事だった。
それだけで満足した彩奈は、すぐに気持ちを切り替えてコールセンターに向かった。