敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく
マギーはその背中を見送りながら、首をかしげる。
「見たことのない子たちですね……。孤児院の子でもなさそうです」
『孤児院?』
ティナがボードにそう記して見せると、マギーはハッとする。
「ティナ様に孤児院のお話をさせていただいたことはなかったですよね? 教会の近くにあるんですよ。私の兄がそこで子どもたちに勉強を教えているんです」
『そうなの?』
初耳だった。孤児院どころか、マギーに兄弟がいることも。
「はい。私も幼いころは兄についていって、孤児院に出入りしていたんです」
そう言うと、マギーはほんの少し自嘲気味に笑った。
「私の家は……一般的な中流家庭なんです。一家の生活を支えるために兄は孤児院で働いて、姉はお……裕福な貴族に嫁いでいきました。私は幸運にも、子どものころから知り合いだったラス様に、屋敷のメイドとして雇ってもらうことができたんです」
『幼なじみ?』
「……みたいなものですが、ラス様は仕事を与えてくれた恩人なんですよ」
では、ラスも孤児院に出入りしていたのだろうか。セレバル出身ということぐらいしか知らないが、彼の両親も孤児院で働いているか、彼自身がもしかしたら……。
「それにしてもいい匂いですね」
マギーは息を大きく吸い込むと、店の前まで駆けていく。
「さあ、こちらがサナのお姉さんご夫婦のお店です。おいしいパンに出会えますから、きっと気に入っていただけますよ!」
張り切った様子で店の扉を押し開けるマギーに続いて、ティナは店内へと進んだ。
中はこぢんまりとしていたが、天井の梁や棚はよく磨かれており、窓際には焼きたてのパンが所せましと並んでいる。
「いらっしゃいませ。……あら、マギー!」
奥から出てきたのは、三十代前半ほどに見える女の人だった。栗色の髪を後ろでまとめ、シンプルなエプロン姿がよく似合っている。サナに似た顔つきで、落ち着いた優しい雰囲気をまとっている。
「今日はラス様の大切なご客人をお連れしました。こちらが、ティナ様です」
ティナがフードをはずすと、女主人はすぐに丁寧な会釈をしてくれる。
「サナの姉で、アンナと申します。ようこそお越しくださいました、ティナ様。サナからも聞いておりましたが……、本当にまあ……美しい方」
まるで、豪華な宝石を眺めるように彼女はうっとりするが、ティナが困惑すると、ハッと我にかえり、軽はずみな発言を恥じるように口もとに手をあてる。
「ごめんなさいね、私としたことが」
「アンナさんが見惚れるのも無理ありませんよ。大陸一の美しい方ですもの」
マギーは大げさだ。ティナは知っている。妹のセレスの方が何倍も美しくて、可愛らしいことを。
「ここへ来る途中、あの質屋の前を通りましたよ。近くには行きませんでしたけど。やっぱり、まだ?」
心配そうに尋ねるマギーに、アンナは一瞬だけまぶたを落とす。そして、小さな息をつく。
「昨日も行ってきたわ。売る気がないみたいに、カウンターの奥の棚に置いているの。きっと、上客に高値で売る気なのよ」
「ゲレール様はお力になってくださった?」
「盗みを働いた男を探してくださってるわ。でももう、異国へ出たかもしれないと……」
「それじゃあ、質屋の店主とのつながりはわからないかもしれないんですね」
「そうね……。でも、指輪はどうしてもあきらめられなくて。あれは、主人の家に代々伝わるアレキサンドライトの指輪なのよ。かけがえのないものなの」
アンナはわずかな怒りを見せたあと、落ち込むようにまぶたを伏せ、指輪にまつわる話を聞かせてくれた。
アンナの主人の先祖は、かつて、王族や貴族の宝飾品を手がける職人の一族だった。アルフレート王の時代にその技術が認められ、褒美として、大変珍しいアレキサンドライトの宝石が授けられ、指輪に細工した。その後、戦乱に巻き込まれ、一族は衰退。今はその身分を捨て、商人として歩んでいる。アレキサンドライトの指輪は、先祖との繋がりを示す唯一の品だったようだ。
「結婚のときに、主人のご両親から贈られたのよ。見るたびに、辛い日々も乗り越えられたわ。……あれは、家族の誇りなの。このままでは申し訳が立たない……。でも、とてもではないけれど、高すぎて買い戻せなくて、主人はもうあきらめろって……」
「アンナさん……」
マギーもこればかりはどうしようもなくて、言葉をつまらせる。アンナの手を握ってなぐさめるマギーを見つめるティナにも、到底かける言葉は見つからなかった。
「見たことのない子たちですね……。孤児院の子でもなさそうです」
『孤児院?』
ティナがボードにそう記して見せると、マギーはハッとする。
「ティナ様に孤児院のお話をさせていただいたことはなかったですよね? 教会の近くにあるんですよ。私の兄がそこで子どもたちに勉強を教えているんです」
『そうなの?』
初耳だった。孤児院どころか、マギーに兄弟がいることも。
「はい。私も幼いころは兄についていって、孤児院に出入りしていたんです」
そう言うと、マギーはほんの少し自嘲気味に笑った。
「私の家は……一般的な中流家庭なんです。一家の生活を支えるために兄は孤児院で働いて、姉はお……裕福な貴族に嫁いでいきました。私は幸運にも、子どものころから知り合いだったラス様に、屋敷のメイドとして雇ってもらうことができたんです」
『幼なじみ?』
「……みたいなものですが、ラス様は仕事を与えてくれた恩人なんですよ」
では、ラスも孤児院に出入りしていたのだろうか。セレバル出身ということぐらいしか知らないが、彼の両親も孤児院で働いているか、彼自身がもしかしたら……。
「それにしてもいい匂いですね」
マギーは息を大きく吸い込むと、店の前まで駆けていく。
「さあ、こちらがサナのお姉さんご夫婦のお店です。おいしいパンに出会えますから、きっと気に入っていただけますよ!」
張り切った様子で店の扉を押し開けるマギーに続いて、ティナは店内へと進んだ。
中はこぢんまりとしていたが、天井の梁や棚はよく磨かれており、窓際には焼きたてのパンが所せましと並んでいる。
「いらっしゃいませ。……あら、マギー!」
奥から出てきたのは、三十代前半ほどに見える女の人だった。栗色の髪を後ろでまとめ、シンプルなエプロン姿がよく似合っている。サナに似た顔つきで、落ち着いた優しい雰囲気をまとっている。
「今日はラス様の大切なご客人をお連れしました。こちらが、ティナ様です」
ティナがフードをはずすと、女主人はすぐに丁寧な会釈をしてくれる。
「サナの姉で、アンナと申します。ようこそお越しくださいました、ティナ様。サナからも聞いておりましたが……、本当にまあ……美しい方」
まるで、豪華な宝石を眺めるように彼女はうっとりするが、ティナが困惑すると、ハッと我にかえり、軽はずみな発言を恥じるように口もとに手をあてる。
「ごめんなさいね、私としたことが」
「アンナさんが見惚れるのも無理ありませんよ。大陸一の美しい方ですもの」
マギーは大げさだ。ティナは知っている。妹のセレスの方が何倍も美しくて、可愛らしいことを。
「ここへ来る途中、あの質屋の前を通りましたよ。近くには行きませんでしたけど。やっぱり、まだ?」
心配そうに尋ねるマギーに、アンナは一瞬だけまぶたを落とす。そして、小さな息をつく。
「昨日も行ってきたわ。売る気がないみたいに、カウンターの奥の棚に置いているの。きっと、上客に高値で売る気なのよ」
「ゲレール様はお力になってくださった?」
「盗みを働いた男を探してくださってるわ。でももう、異国へ出たかもしれないと……」
「それじゃあ、質屋の店主とのつながりはわからないかもしれないんですね」
「そうね……。でも、指輪はどうしてもあきらめられなくて。あれは、主人の家に代々伝わるアレキサンドライトの指輪なのよ。かけがえのないものなの」
アンナはわずかな怒りを見せたあと、落ち込むようにまぶたを伏せ、指輪にまつわる話を聞かせてくれた。
アンナの主人の先祖は、かつて、王族や貴族の宝飾品を手がける職人の一族だった。アルフレート王の時代にその技術が認められ、褒美として、大変珍しいアレキサンドライトの宝石が授けられ、指輪に細工した。その後、戦乱に巻き込まれ、一族は衰退。今はその身分を捨て、商人として歩んでいる。アレキサンドライトの指輪は、先祖との繋がりを示す唯一の品だったようだ。
「結婚のときに、主人のご両親から贈られたのよ。見るたびに、辛い日々も乗り越えられたわ。……あれは、家族の誇りなの。このままでは申し訳が立たない……。でも、とてもではないけれど、高すぎて買い戻せなくて、主人はもうあきらめろって……」
「アンナさん……」
マギーもこればかりはどうしようもなくて、言葉をつまらせる。アンナの手を握ってなぐさめるマギーを見つめるティナにも、到底かける言葉は見つからなかった。