敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく
「……侯爵様とのお話を聞かせてください。セレバルで何かあったから、侯爵様はモンレヴァルの娘が無事か確認しに来られたんですよね?」
「不必要に知らせることは何もない」
「なぜ、必要ないと言えるのですか? もし危険があるなら、私だって、自分の身は自分で守りたいのです」
「俺が守ると約束するのでは不十分だというのか」
「そんなことは言ってません。ラスフォード様に危ない思いをしてほしくない……」
「俺が弱いとでも?」
自嘲ぎみに笑うから、ティナはあわてて首を振った。騎士団長としての誇りを傷つけたのではないかと心配になった。
「私自身の心配だけではありません。……お父さまやセレスの身に危険があるなら、教えてください。私は決して、ふたりを助けようなどと行動を起こしたりはしませんから」
勝手な真似はしないと約束すると、彼はなだめるようにティナの肩にそっと触れた。
「カリスト公は無事だ。王太子と軍部の間でうまく立ち回っているようだが、セレスタイン嬢は違う。王太子に従っている。セレバルの王族と軍部の対立は膠着しているが、その均衡が保てなくなれば、衝突は避けられないだろう」
「セレスが危ない……のですね?」
「ああ。万が一、穏健派が押されるようであれば、ふたたび、スレイは戦火に巻き込まれるかもしれない」
そうなれば、ラスもまた戦場へ行くことになる。いくらどんなに彼がザフレア神のように強いのだとしても、ティナは少しも安心できなかった。
「……軍部を率いているのは、誰なのですか?」
問い詰めるようにじっとラスを見つめると、彼は困ったように眉をさげる。
「あなたはなぜ、穏やかな暮らしに満足しないのか……」
「私だけが無事に暮らしていても仕方のないことだからです。ラスフォード様が不必要に剣を握ることのない世界が、私の望むものです」
きっぱりと答えると、今度はラスも突き放したりはしなかった。彼は小さな息をつき、ひざの上で指を組む。
「ヴェルナード国王の死に、ある男が関与しているとわかった」
「……その男が、軍部を率いているのですね」
「ああ、ティナがよく知る男だ。宰相補佐のルシアン・ラビエール──亡き国王に誰よりも従順だった男だ」
「ラビエール閣下が、陛下の死に関わっているのですか?」
ティナは驚きの声をあげた。
「そうだ……。国王は病死に間違いない。しかし、司祭が呼ばれたのは、国王が倒れた翌日。しかも、倒れた場にいたのはラビエール侯ただひとりだったという……」
ラスの声は、いつになく重たかった。その時間差がありえないことは、ティナでもわかる。
「ラビエール閣下が、陛下の死を早めた可能性があるのですね?」
「……おそらく、ラビエール侯はユリウス王太子を傀儡にして、そのまま王権を握るつもりだったのだろう」
「しかし、王太子を思うようにはできなかった……」
ラスは力強くうなずく。
「王太子はすでに友好使節団の筆頭として、晩餐会に参加する意思を示していた。ティナを取り戻すために、だ。その思いに賛同する貴族は多いと聞く」
「なぜ、私を……?」
「想像するのは簡単だ。モンレヴァルの娘が、穏健派である王太子につけば、軍部の力を弱めることができる。貴族の中には、ラビエール侯に反発する者が多く、モンレヴァルの力で封じ込めたい意志が強い」
「私は……、今後もセレバルへ戻る気はありませんから、ラビエール閣下は内心、喜んでいるのでしょうか?」
「そうだろうな。しかし、ラビエール侯にとって、ティナが脅威なのは変わりないだろう」
「……ラビエール閣下は、私の命を狙っているのでしょうか?」
ティナはぽつりとつぶやくように言った。だから、ゲレールは様子を見にきた。変わりがないか、我が目で確かめたかったのだろう。
「ここにあなたがいることは、セレバルに知られている。ゲレール侯は、すでに刺客が送り込まれているのではないかと心配していた。関所は以前より厳しく監視しているが、晩餐会へやってきたセレバル一行までは、俺たちの目も行き届いていない」
「お父さまたちに紛れて、刺客が入り込んだというのですか?」
「可能性は否定できない。……これから、屋敷に出入りするすべての者を調べ上げるところだ。だから、あなたは何も心配しなくていい」
「でも……」
ぞくりと背筋を冷たいものが這った。ルシアンが、自分のことを狙っている……。あの、冷たい琥珀の目が脳裏にちらついた。そんなはずあるわけない。そう思いたいが、彼なら手段を選ばないかもしれない。そんな思いがよぎっていく。
次第に冷たくなる指先を、ティナは必死に握りしめた。これ以上、ラスに心配をかけたくなかった。しかし彼は、ティナの手をあたためるように両手で包み込み、そっとほおを近づけた。
「……怖がらせて、すまない」
「不必要に知らせることは何もない」
「なぜ、必要ないと言えるのですか? もし危険があるなら、私だって、自分の身は自分で守りたいのです」
「俺が守ると約束するのでは不十分だというのか」
「そんなことは言ってません。ラスフォード様に危ない思いをしてほしくない……」
「俺が弱いとでも?」
自嘲ぎみに笑うから、ティナはあわてて首を振った。騎士団長としての誇りを傷つけたのではないかと心配になった。
「私自身の心配だけではありません。……お父さまやセレスの身に危険があるなら、教えてください。私は決して、ふたりを助けようなどと行動を起こしたりはしませんから」
勝手な真似はしないと約束すると、彼はなだめるようにティナの肩にそっと触れた。
「カリスト公は無事だ。王太子と軍部の間でうまく立ち回っているようだが、セレスタイン嬢は違う。王太子に従っている。セレバルの王族と軍部の対立は膠着しているが、その均衡が保てなくなれば、衝突は避けられないだろう」
「セレスが危ない……のですね?」
「ああ。万が一、穏健派が押されるようであれば、ふたたび、スレイは戦火に巻き込まれるかもしれない」
そうなれば、ラスもまた戦場へ行くことになる。いくらどんなに彼がザフレア神のように強いのだとしても、ティナは少しも安心できなかった。
「……軍部を率いているのは、誰なのですか?」
問い詰めるようにじっとラスを見つめると、彼は困ったように眉をさげる。
「あなたはなぜ、穏やかな暮らしに満足しないのか……」
「私だけが無事に暮らしていても仕方のないことだからです。ラスフォード様が不必要に剣を握ることのない世界が、私の望むものです」
きっぱりと答えると、今度はラスも突き放したりはしなかった。彼は小さな息をつき、ひざの上で指を組む。
「ヴェルナード国王の死に、ある男が関与しているとわかった」
「……その男が、軍部を率いているのですね」
「ああ、ティナがよく知る男だ。宰相補佐のルシアン・ラビエール──亡き国王に誰よりも従順だった男だ」
「ラビエール閣下が、陛下の死に関わっているのですか?」
ティナは驚きの声をあげた。
「そうだ……。国王は病死に間違いない。しかし、司祭が呼ばれたのは、国王が倒れた翌日。しかも、倒れた場にいたのはラビエール侯ただひとりだったという……」
ラスの声は、いつになく重たかった。その時間差がありえないことは、ティナでもわかる。
「ラビエール閣下が、陛下の死を早めた可能性があるのですね?」
「……おそらく、ラビエール侯はユリウス王太子を傀儡にして、そのまま王権を握るつもりだったのだろう」
「しかし、王太子を思うようにはできなかった……」
ラスは力強くうなずく。
「王太子はすでに友好使節団の筆頭として、晩餐会に参加する意思を示していた。ティナを取り戻すために、だ。その思いに賛同する貴族は多いと聞く」
「なぜ、私を……?」
「想像するのは簡単だ。モンレヴァルの娘が、穏健派である王太子につけば、軍部の力を弱めることができる。貴族の中には、ラビエール侯に反発する者が多く、モンレヴァルの力で封じ込めたい意志が強い」
「私は……、今後もセレバルへ戻る気はありませんから、ラビエール閣下は内心、喜んでいるのでしょうか?」
「そうだろうな。しかし、ラビエール侯にとって、ティナが脅威なのは変わりないだろう」
「……ラビエール閣下は、私の命を狙っているのでしょうか?」
ティナはぽつりとつぶやくように言った。だから、ゲレールは様子を見にきた。変わりがないか、我が目で確かめたかったのだろう。
「ここにあなたがいることは、セレバルに知られている。ゲレール侯は、すでに刺客が送り込まれているのではないかと心配していた。関所は以前より厳しく監視しているが、晩餐会へやってきたセレバル一行までは、俺たちの目も行き届いていない」
「お父さまたちに紛れて、刺客が入り込んだというのですか?」
「可能性は否定できない。……これから、屋敷に出入りするすべての者を調べ上げるところだ。だから、あなたは何も心配しなくていい」
「でも……」
ぞくりと背筋を冷たいものが這った。ルシアンが、自分のことを狙っている……。あの、冷たい琥珀の目が脳裏にちらついた。そんなはずあるわけない。そう思いたいが、彼なら手段を選ばないかもしれない。そんな思いがよぎっていく。
次第に冷たくなる指先を、ティナは必死に握りしめた。これ以上、ラスに心配をかけたくなかった。しかし彼は、ティナの手をあたためるように両手で包み込み、そっとほおを近づけた。
「……怖がらせて、すまない」