敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく
ラスの手はゴツゴツとしていて分厚く、火照るように熱かった。その熱がそのまま伝わったような熱さをほおに感じて、ティナはうつむいた。
「……だ、大丈夫です」
小さくこぼすと、ラスの指先はぴくりと動いたが、手を振りほどかれたりはしなかった。
まだ、ティナが怯えていると勘違いしているのかもしれない。守るという彼の言葉は、こうして触れ合うことも含まれているのかと思うほどに、彼女は安心を覚えていた。
「ティナ……」
顔をあげると、グレーの瞳が近くにあった。その淡く色づいた目もとにどきりとする。と同時に、彼は目をそらした。
「どうか……しましたか?」
「……いや、たいしたことじゃない」
たどたどしい会話の中に、妙なよそよそしさが生まれたが、居心地悪いことはなく、力が抜けた。先ほどまでの張り詰めた空気は、すっかりほどけていた。
「おっしゃってくださってかまいません」
思えば、ラスは自身の思いをあまり語ったことがない。受け入れるばかりの優しさを見せていた人だ。
「……実は、前々から考えていた。あなたが、今のままでいいのかと迷うときがある」
悩みを打ち明けるように、彼は慎重に言葉を吐き出した。
「いつかは、屋敷を出ていかなければならないと思っています……」
それがいつになるかは、ティナもまだわからない。ラスに従うつもりだが、彼はセレバルの情勢が落ち着くのを待っているのかもしれないし、ゲレールに判断を委ねているのかもしれない。
「あなたは出ていきたいのか?」
「……そうではなく、出ていかなければならない状況になれば、出ていく覚悟はあります」
「あなたと結婚したい貴族は山ほどいる。あなたはそれを望むのか?」
「結婚……ですか?」
ティナは驚いてまばたきをした。屋敷にいるのは迷惑だからと、てっきり追い出されるのだと思っていた。
「何を驚く必要がある。いずれは、あなたも結婚するだろう。アリアーヌの家には、支援する貴族の出入りもある。俺の知らないところで求婚されてるのではないのか?」
ますますティナは瞳を大きくした。ラスは何か大きな勘違いをしている。求婚はむしろ……。
ティナはパッと手を引っ込め、みるみるうちに熱くなる首筋に手をあてた。奇妙な表情でこちらを見つめるラスが、いまにも怒り出しそうに唇を震わせているから、ティナは様子をうかがうように上目遣いで彼を見つめた。
「……あの、モランシエ侯爵様が、私たちの……その、結婚を……望んでおられるようで……。こ、困りますよね?」
つまる喉を押さえて、うつむいた。この言葉にラスがどう返すのか──恐ろしくて顔が見れない。しかし、いつまで経っても、ラスは無言だった。
ティナはおそるおそる顔をあげた。驚くことに、小麦色の肌に赤味のさすほおが隠れるほど、ラスは大きな手で口もとを覆っていた。
知らなかったのだろうか……。ゲレールがそれを望んでいることを。
もしかして、余計なことを口走ったのかもしれない。ティナはあわてて、話をそらす。
「そ、それより……あの、ラスフォード様。新しいメイドを雇ったんですね?」
「新しい……?」
スッと表情を引き締めたラスの眉がわずかに寄るから、ティナはほんの少し首をかしげる。
「今朝のことなのですが……、勝手口の近くで見かけたものですから。まだお若い方で、見慣れない顔でしたので、新しいメイドかと……」
すると突然、目の色を変えたラスが立ち上がる。
「その者はどこへ行った?」
「どこって、厨房の中へ……」
ラスのまなざしはますます鋭くなった。
「すぐ厨房へ行く」
「どうしたのですか……?」
「俺の許可なく、メイドを増やしてはいない。誰かが入り込んでいたのだとすれば……」
ラスは言い終える前に唇を噛むと、ティナの手をしっかりと引いて廊下を駆けだした。ティナは何も言わず、その後ろをついて、必死に走る。足音だけが、静まり返った屋敷に響いていった。
「……だ、大丈夫です」
小さくこぼすと、ラスの指先はぴくりと動いたが、手を振りほどかれたりはしなかった。
まだ、ティナが怯えていると勘違いしているのかもしれない。守るという彼の言葉は、こうして触れ合うことも含まれているのかと思うほどに、彼女は安心を覚えていた。
「ティナ……」
顔をあげると、グレーの瞳が近くにあった。その淡く色づいた目もとにどきりとする。と同時に、彼は目をそらした。
「どうか……しましたか?」
「……いや、たいしたことじゃない」
たどたどしい会話の中に、妙なよそよそしさが生まれたが、居心地悪いことはなく、力が抜けた。先ほどまでの張り詰めた空気は、すっかりほどけていた。
「おっしゃってくださってかまいません」
思えば、ラスは自身の思いをあまり語ったことがない。受け入れるばかりの優しさを見せていた人だ。
「……実は、前々から考えていた。あなたが、今のままでいいのかと迷うときがある」
悩みを打ち明けるように、彼は慎重に言葉を吐き出した。
「いつかは、屋敷を出ていかなければならないと思っています……」
それがいつになるかは、ティナもまだわからない。ラスに従うつもりだが、彼はセレバルの情勢が落ち着くのを待っているのかもしれないし、ゲレールに判断を委ねているのかもしれない。
「あなたは出ていきたいのか?」
「……そうではなく、出ていかなければならない状況になれば、出ていく覚悟はあります」
「あなたと結婚したい貴族は山ほどいる。あなたはそれを望むのか?」
「結婚……ですか?」
ティナは驚いてまばたきをした。屋敷にいるのは迷惑だからと、てっきり追い出されるのだと思っていた。
「何を驚く必要がある。いずれは、あなたも結婚するだろう。アリアーヌの家には、支援する貴族の出入りもある。俺の知らないところで求婚されてるのではないのか?」
ますますティナは瞳を大きくした。ラスは何か大きな勘違いをしている。求婚はむしろ……。
ティナはパッと手を引っ込め、みるみるうちに熱くなる首筋に手をあてた。奇妙な表情でこちらを見つめるラスが、いまにも怒り出しそうに唇を震わせているから、ティナは様子をうかがうように上目遣いで彼を見つめた。
「……あの、モランシエ侯爵様が、私たちの……その、結婚を……望んでおられるようで……。こ、困りますよね?」
つまる喉を押さえて、うつむいた。この言葉にラスがどう返すのか──恐ろしくて顔が見れない。しかし、いつまで経っても、ラスは無言だった。
ティナはおそるおそる顔をあげた。驚くことに、小麦色の肌に赤味のさすほおが隠れるほど、ラスは大きな手で口もとを覆っていた。
知らなかったのだろうか……。ゲレールがそれを望んでいることを。
もしかして、余計なことを口走ったのかもしれない。ティナはあわてて、話をそらす。
「そ、それより……あの、ラスフォード様。新しいメイドを雇ったんですね?」
「新しい……?」
スッと表情を引き締めたラスの眉がわずかに寄るから、ティナはほんの少し首をかしげる。
「今朝のことなのですが……、勝手口の近くで見かけたものですから。まだお若い方で、見慣れない顔でしたので、新しいメイドかと……」
すると突然、目の色を変えたラスが立ち上がる。
「その者はどこへ行った?」
「どこって、厨房の中へ……」
ラスのまなざしはますます鋭くなった。
「すぐ厨房へ行く」
「どうしたのですか……?」
「俺の許可なく、メイドを増やしてはいない。誰かが入り込んでいたのだとすれば……」
ラスは言い終える前に唇を噛むと、ティナの手をしっかりと引いて廊下を駆けだした。ティナは何も言わず、その後ろをついて、必死に走る。足音だけが、静まり返った屋敷に響いていった。