敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく
室内の空気が一瞬で凍りついた。
「何をおっしゃっているのか……、わかっているのですか?」
ティナの声は、怒りと恐怖で震えた。
「もちろんですとも。ユリウス殿下では、この大国を治められない。国王亡きあと、軍部との対立がすでにそれを示しているのです。任せておけないとなれば、私が立つのは当然」
いっこうに下げられない手を見つめ、ティナが後ずさると同時に、ユリウスが前へ出る。
「それがどういう意味か、宰相殿はわかっているのですか?」
ティナはハッと息を飲む。ルシアンは今、宰相補佐ではなく、宰相なのだ。まさか、すでに王太子を手塩にかけて教育していた宰相を廃しているのだろうか。
「わかっていますよ。王太子殿下、あなたがこの国を導く姿を、私は想像できない。だが、私ならできる。そしてその隣には、モンレヴァルである彼女こそがふさわしいと断じているのです」
静かな声だったが、その言葉は、王太子の廃位を求める宣言に等しかった。
「ルシアン・ラビエール……」
ユリウスの低い声が、刃のように鋭く響く。先ほどまで穏やかだった彼が見せる気迫。それは、まさしく亡きヴェルナード国王から譲り受けたとでもいうべき、厳かな威圧感。そして、怒りを鎮める彼の口からは思いもよらない言葉が発せられた。
「私が廃されようとも、あなたが王位に就くことはできません。なぜなら、父王は私の次に継ぐべき王をすでにお決めになっていたからです」
「何を申すかっ。私はヴェルナード国王の子息である。本来ならば、殿下よりも先に生まれた私が次期国王にふさわしい立場ですぞ」
ルシアンは金の髪を逆立てて、胸もとから取り出したメダルをユリウスに突きつけた。
そこには、王家の紋章であるドラゴンが刻まれていた。間違いない。ルシアンは王家の血を継ぐものである証を手にしている。
「確かに、あなたは父王の子でしょう。しかしながら、父王はあなたが王になることをお認めにはなっていない」
「……なっ」
「その証拠に、メダルは私のものとは別にもう一つあるのです。父王は亡くなる数日前、私に託しました。王太子である私の身に何かあれば、これを、ルヴェランで暮らすラスフォード・エイルズにと」
室内にいるすべてのものの目がラスに集まる。ユリウスは静かにラスへと歩み寄り、セレスが運ぶ盆の上からメダルを受け取ると、ラスへと差し出す。
「今日はあなたにお会いできてよかった。どうぞ、受け取ってください。父王はあなたが生まれたことを知らず、メダルを渡せなかったと嘆いていました。あなたがルヴェランで騎士団長となり、スレイでの活躍を耳にするたび、惜しい息子を手放したと悔いていましたよ」
「……悪いが、受け取れない」
「そうおっしゃると思っていましたが、私は父王に似てあきらめが悪いのです。私は決して、父王の治政に賛成の立場ではなく、ルヴェランのような豊かな国を築きたいのです。どうか、ルヴェランをよく知るあなたに、私を支えてはもらえないだろうか」
沈黙するラスに、なおもユリウスは語りかける。
「あなたはここにいるすべての兄弟の中で、誰よりも父王に似ています。父王は間違ったこともしましたが、英雄でもありました。その誇るべき部分を、あなたは強く受け継いでいるように、私は感じています」
ラスはこぶしをぎゅっと握りしめ、まっすぐにユリウスを見つめる。
「恐れながら申し上げますが、ユリウス王太子殿下、あなたには俺の苦労などわからないであろう。ようやく……過去の傷を受け入れたところで、そのようなことを聞かされても、心に響くものは何一つないのです」
「やはり……、そうですか。残念ですが、仕方ありませんね」
ユリウスは小さくため息をつくと、ルシアンをふたたび振り返る。
「私はやすやすと廃されるわけにはいかなくなりました。対立しているとはいえ、兄であるあなたにこのような処分を申し渡すのは心苦しいですが、先ほどの言動は私に対する謀反と受け取り、あなたを処罰します」
その声は、先ほどまでの穏やかさを欠き、冷ややかに澄み切っていた。
「加えて──他国の要人であるフロレンティーナ・カリスト嬢を我が国の王妃に据えるなどという発言は、我が婚約者セレスタインへの侮辱であり、外交的挑発でもある。これ以上、あなたの存在を王宮に置くことはできません」
「正気か」
ルシアンの目が光り、ラスの手が無意識に剣の柄へと伸びるが、ユリウスの片手の合図で兵士たちが一斉にルシアンを取り囲んだ。
「ルシアン・ラビエール。王太子への叛意と王家への不敬、そして国を危うくする暴言により──ただちに拘束する」
鎧のきしむ音とともに、槍が振り落とされ、鎖がルシアンの両手を固く縛り上げる。
「離せっ! 私は王家の血を──」
ルシアンの荒々しい声は、兵士たちに腕をねじられ、途中で途切れる。金の髪が乱れ、頬にかかった影が、その眼光の鋭さを際立たせた。
「まだ……終わりではないぞ」
低く絞り出された声に、室内の空気がわずかに震える。だがユリウスは、一瞥もくれずに命じた。
「連れていきなさい」
重い扉の閉まる音だけが、静まり返った部屋に響いた。
「何をおっしゃっているのか……、わかっているのですか?」
ティナの声は、怒りと恐怖で震えた。
「もちろんですとも。ユリウス殿下では、この大国を治められない。国王亡きあと、軍部との対立がすでにそれを示しているのです。任せておけないとなれば、私が立つのは当然」
いっこうに下げられない手を見つめ、ティナが後ずさると同時に、ユリウスが前へ出る。
「それがどういう意味か、宰相殿はわかっているのですか?」
ティナはハッと息を飲む。ルシアンは今、宰相補佐ではなく、宰相なのだ。まさか、すでに王太子を手塩にかけて教育していた宰相を廃しているのだろうか。
「わかっていますよ。王太子殿下、あなたがこの国を導く姿を、私は想像できない。だが、私ならできる。そしてその隣には、モンレヴァルである彼女こそがふさわしいと断じているのです」
静かな声だったが、その言葉は、王太子の廃位を求める宣言に等しかった。
「ルシアン・ラビエール……」
ユリウスの低い声が、刃のように鋭く響く。先ほどまで穏やかだった彼が見せる気迫。それは、まさしく亡きヴェルナード国王から譲り受けたとでもいうべき、厳かな威圧感。そして、怒りを鎮める彼の口からは思いもよらない言葉が発せられた。
「私が廃されようとも、あなたが王位に就くことはできません。なぜなら、父王は私の次に継ぐべき王をすでにお決めになっていたからです」
「何を申すかっ。私はヴェルナード国王の子息である。本来ならば、殿下よりも先に生まれた私が次期国王にふさわしい立場ですぞ」
ルシアンは金の髪を逆立てて、胸もとから取り出したメダルをユリウスに突きつけた。
そこには、王家の紋章であるドラゴンが刻まれていた。間違いない。ルシアンは王家の血を継ぐものである証を手にしている。
「確かに、あなたは父王の子でしょう。しかしながら、父王はあなたが王になることをお認めにはなっていない」
「……なっ」
「その証拠に、メダルは私のものとは別にもう一つあるのです。父王は亡くなる数日前、私に託しました。王太子である私の身に何かあれば、これを、ルヴェランで暮らすラスフォード・エイルズにと」
室内にいるすべてのものの目がラスに集まる。ユリウスは静かにラスへと歩み寄り、セレスが運ぶ盆の上からメダルを受け取ると、ラスへと差し出す。
「今日はあなたにお会いできてよかった。どうぞ、受け取ってください。父王はあなたが生まれたことを知らず、メダルを渡せなかったと嘆いていました。あなたがルヴェランで騎士団長となり、スレイでの活躍を耳にするたび、惜しい息子を手放したと悔いていましたよ」
「……悪いが、受け取れない」
「そうおっしゃると思っていましたが、私は父王に似てあきらめが悪いのです。私は決して、父王の治政に賛成の立場ではなく、ルヴェランのような豊かな国を築きたいのです。どうか、ルヴェランをよく知るあなたに、私を支えてはもらえないだろうか」
沈黙するラスに、なおもユリウスは語りかける。
「あなたはここにいるすべての兄弟の中で、誰よりも父王に似ています。父王は間違ったこともしましたが、英雄でもありました。その誇るべき部分を、あなたは強く受け継いでいるように、私は感じています」
ラスはこぶしをぎゅっと握りしめ、まっすぐにユリウスを見つめる。
「恐れながら申し上げますが、ユリウス王太子殿下、あなたには俺の苦労などわからないであろう。ようやく……過去の傷を受け入れたところで、そのようなことを聞かされても、心に響くものは何一つないのです」
「やはり……、そうですか。残念ですが、仕方ありませんね」
ユリウスは小さくため息をつくと、ルシアンをふたたび振り返る。
「私はやすやすと廃されるわけにはいかなくなりました。対立しているとはいえ、兄であるあなたにこのような処分を申し渡すのは心苦しいですが、先ほどの言動は私に対する謀反と受け取り、あなたを処罰します」
その声は、先ほどまでの穏やかさを欠き、冷ややかに澄み切っていた。
「加えて──他国の要人であるフロレンティーナ・カリスト嬢を我が国の王妃に据えるなどという発言は、我が婚約者セレスタインへの侮辱であり、外交的挑発でもある。これ以上、あなたの存在を王宮に置くことはできません」
「正気か」
ルシアンの目が光り、ラスの手が無意識に剣の柄へと伸びるが、ユリウスの片手の合図で兵士たちが一斉にルシアンを取り囲んだ。
「ルシアン・ラビエール。王太子への叛意と王家への不敬、そして国を危うくする暴言により──ただちに拘束する」
鎧のきしむ音とともに、槍が振り落とされ、鎖がルシアンの両手を固く縛り上げる。
「離せっ! 私は王家の血を──」
ルシアンの荒々しい声は、兵士たちに腕をねじられ、途中で途切れる。金の髪が乱れ、頬にかかった影が、その眼光の鋭さを際立たせた。
「まだ……終わりではないぞ」
低く絞り出された声に、室内の空気がわずかに震える。だがユリウスは、一瞥もくれずに命じた。
「連れていきなさい」
重い扉の閉まる音だけが、静まり返った部屋に響いた。