彩葉という名の春
第1章
出会いの箱
──翌日──
朝の風は少し冷たかった
駅から歩く道は懐かしく
でも子どもの頃よりずっと短く感じた
「……この道、変わってないなぁ」
ふと足を止めると
道端に咲く小さな花に目が止まる
昔、千代ばぁと一緒にここで花を摘んだ記憶がよみがえった
「懐かしいな……」
ふと胸があたたかくなる
「彩葉〜!」
門の前で手を振る千代ばぁの声が聞こえた
「千代ばぁ、おはよ〜」
「遠かったでしょ ごめんねぇ」
「大丈夫だよ でも今日のためにちゃんと早起きしたよ」
「わざわざありがとねぇ。ほら、彩葉入って入って」
玄関の引き戸を開けると
畳の匂いがふわっと広がった
「この匂い、やっぱり落ち着く〜」
「昔から変わってないものねぇ」
「彩葉が小さい時は、ここでお昼寝してたのよ〜」
「そうだったね〜。あの頃は千代ばぁの布団の上が一番好きだったなぁ」
ふたりでくすくす笑い合う
居間に上がると
すでに用意されていた朝ごはんが並んでいた
「わっ、朝ごはんまで用意してくれたの?」
「もちろんよ〜。せっかく来てくれたんだもの」
テーブルには炊きたての白いごはん
卵焼き、味噌汁、煮物、漬物──全部、昔と同じ味
「ん〜〜〜やっぱり美味しい!」
「この味、ほんと大好きだなぁ」
「ふふ、彩葉は昔からよく食べてたものね〜」
「そうだよ、千代ばぁのごはんは最強なんだから」
朝ごはんを食べ終わり
片付けをしながら千代ばぁがぽつりと話し始めた
「蔵の中ね……何があるか私もよく覚えてなくて」
「そんなに前から開けてなかったの?」
「うん〜……もう何十年も前からねぇ」
「え、そんなに!?全然知らなかったよ」
「まぁ、彩葉が生まれるずっと前からだからね」
食器を拭きながら千代ばぁは少し遠い目をして続けた
「昔は、いろんな物をしまってたのよ〜
お米やら、道具やら、思い出の品もね」
「思い出の品?」
「そうよ。──家族のね」
その言葉に
ふと、昨日の電話で聞いた「兄」のことが浮かんだ
「そういえばさ──
「千代ばぁって、お兄さんいたんだよね?」
「うん〜……藤宮恭介って言ってね
とっても優しい兄だったわ」
「へぇ……なんか素敵な名前だね」
「ふふ、そうでしょ
兄はね……戦争に行ってしまったのよ」
言葉の先に
ほんの少し寂しさが滲んだ
「戦争……」
「そう。あの頃はね、若い男の人はみんな行かされたの」
「……大変だったんだね」
「今思えば……本当にあの頃は大変だったわ〜
食べ物も無くてね。空襲も毎日のようにあって」
「空襲……」
「夜になると、真っ暗にして防空壕に逃げ込んでたのよ」
「……うん、教科書で見たことある」
「でもね
そういう苦しい時代でも、兄はいつも家族のことを考えてくれてたのよ〜」
「そうなんだ…すごい人だったんだね」
「ほんとにね
そういえば蔵の中には……兄が残したものもあったわ」
「そっか……今日それを見ることになるのかな」
「ふふ、どうかしらね
でも、彩葉なら見てもいいかな〜って思ってるのよ」
ふたりで顔を見合わせ、また笑い合った
この時の私はまだ知らなかった
この何気ない会話が
あの人との出会いに繋がっていくなんて──
──数十分後──
庭の奥にある蔵の前に立った
「わぁ……思ってたより大きいね」
「そうでしょ〜。昔はここに何でも入れてたのよ」
ギィィ……
千代ばぁが重い扉をゆっくりと開ける
中からは古びた木の香りと、積もったホコリの匂いがふわっと漂った
「わ…結構すごいホコリだね」
「マスク、付けときなさいね〜」
「はーい」
薄暗い蔵の中には
木箱や古い家具が、無造作に積み重なっていた
「……なんかちょっと宝探しみたいだね」
「ふふ、そうかもしれないわね〜」
彩葉は、胸の奥が少しざわつくのを感じていた
この蔵の奥に
何かが待っている気がしてならなかった──
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