黒兎の相棒は総長でも止められない

交差する視線

 

ロータリー前のカフェ。

窓の外にじわじわと集まり出す男たちの姿。

知らない顔。重たい空気。

普通じゃない。普通の街の景色じゃない。

 

「七星…これ、やばくない?」

由梨が小声でささやく。

沙耶も不安そうに周囲を見てる。

 

「……うん」

 

胸が苦しくなるほどドクンドクンとうるさい。

さっきの凪くんからのLINE。

【動くな。今すぐ行く】

 

私はテーブルの下でスマホをぎゅっと握ったまま
窓の外をじっと睨んでた。

 

(早く来て…)

(ほんとに…早く…!)

 

その時。

カフェの扉が静かに開く。

黒パーカーにキャップの男が、ゆっくりと中へ入ってきた。

そして――まっすぐ私たちの席に向かってくる。

 

(来た…)

(やばい、やばい…)

 

足が硬直して動かない。

息が浅くなる。

 

ほんの数秒の静寂のあと――

 

「動くな」

 

低い声が背後から響いた。

 

振り返ると、そこに凪くんが立っていた。

 

ゆっくりと私たちの前に出て、男と向き合う。

その背中が、怖いほど静かだった。

 

「……何の用だ」

 

男は口元を歪める。

 

「たまたま通りかかっただけだよ」

 

「この人数で?」

凪の声は低く、でも全くブレがない。

 

男は私の方に視線を流してきた。

 

「……へぇ。あれが黒兎の総長の妹か?」

 

一瞬で背筋が凍った。

男の目線が露骨に私を舐めるように動く。

 

「……なかなか、可愛いじゃん?」

 

その瞬間――

凪の目の奥が鋭く光る。

 

「関係ねぇだろ」

 

一切表情は崩さず、低い声で切り捨てる。

 

男は少し口角を上げ、挑発するように続けた。

 

「いやいや。総長の妹見かけたら、そりゃあ興味くらい湧くだろ?」

「……あ?」

 

外の仲間たちも、ジリジリと空気を張り詰め始める。

重い沈黙が流れる。

 

(やだ…)

(ほんとにやばい…!)

(凪くん…)

 

凪はゆっくりと、ほんの一歩だけ前へ出た。

たった一歩――けど、その一歩だけで空気が一気に変わる。

 

「――今この場所で、あいつに手出して平気だと思ってんなら好きにしろ」

 

男は一瞬だけ目を細めた。

外の連中も、微かに身構える。

でも、先に動く者はいなかった。

 

凪は更に低い声で続ける。

 

「ただし――どうなるかくらいわかってんだろうな」

 

張り詰めた沈黙。

どちらも睨み合ったまま数秒が過ぎる。

 

男は肩を小さくすくめた。

 

「……チッ。めんどくせえ、今日はやめとくわ」

 

「賢明だな」

 

男は最後にもう一度だけ私を舐めるように見て、ニヤリと笑い、合図を出した。

外の男たちが静かに散っていく。

 

張り詰めた空気だけがゆっくり解けていった。

私は座ったまま、手が小刻みに震えてた。

 

凪が振り返り、私の視線を静かに受け止める。

 

「大丈夫か?」

 

「……う、うん…」

 

堪えてたものが一気に込み上げてきて
涙がにじんだ。

 

凪はそんな私の手をそっと掴んで、低く優しく囁いた。

 

「立てるか」

 

私は小さく頷くと、震える足で凪の背中を追った。



「…とりあえず私たちはもう帰るね」

「七星は凪くんと帰った方がいいよ」
 

「……うん」

 

二人は振り返り、凪にお礼を言うと
足早に去っていった。

 

カフェの騒がしさも、街の喧騒も
少しずつ元の夜に戻りつつあった。

 

でも私の胸の鼓動だけは
まだドクンドクンとうるさかった。

 

凪は私を車へと促し、無言で助手席のドアを開けてくれた。

 

「ほら、乗れ」

 

「……うん」

 

私は小さく頷いて、そのまま車内へ乗り込んだ。

凪が静かに運転席に座り、ゆっくりと車を発進させる。

 

二人きりの車内。

ようやく、完全な静けさの中に包まれた。
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