黒兎の相棒は総長でも止められない

触れる距離

車は静かに夜の街を走り出した。

でも私の胸のドクンドクンは、さっきから全然止まらない。

手はまだ少し震えてて、落ち着く気配がなかった。

 

そんな私の横顔を、凪くんは横目でチラッと見た。

 

「……手、震えてんぞ」

 

「……だって、さっきの怖かったし…」

 

声が上ずりそうになるのを必死に抑えた。

 

凪くんは信号待ちのタイミングで、ゆっくり片手を伸ばしてきた。

 

「ほら」

 

私の手をそっと掴む。

 

「……え?」

 

「震えんの少しはマシになる」

 

優しい声なのに――
その手の強さは、少しだけ強引だった。

 

(やば…近い…)

(なんでこんな優しいのに余裕ある感じなの…)

 

ドクン、ドクン――

また心臓が早くなる。

 

「……まだ顔色悪ぃぞ」

 

「大丈夫、もう平気だし…」

 

「は?どこが」

 

そう言うと凪くんは、私の頭に手を乗せて優しく撫でた。

 

「……怖かったなら、ちゃんと怖かったって言え」

 

「……っ」

 

ドクン、とまた跳ねる。

言葉が出せない。

 

凪くんはふっと口元を緩めてから、低い声で冗談っぽく囁く。

 

「……こんなんで泣くなら、最初から俺に泣きつきゃ良いのに」

 

「は…!?べ、別にそんなの…!」

 

「あ?図星だったか?」

 

「違うし!」

 

凪くんがまた少しだけ悪戯っぽく笑う。

 

「ほんっと分かりやすいんだよな。お前」

 

「うるさい…」

 

「耳まで真っ赤になってんぞ」

 

「だからやめてってば!」

 

小さく俯いて、顔を隠すしかなかった。

でも凪くんは、そのままそっと私の頭をポンと優しく撫で続けた。

 

「ま、怖ぇ思いさせて悪かったな」

 

「……ううん…助けてくれて、ありがとう…」

 

「当たり前だろ」

 

優しい声が、耳の奥に残る。

 

もう、ドクンドクンどころじゃなかった。

胸の奥が、ジンジンするくらい熱くなっていた。

 

(……ほんとにもう……だめだ、これ…)

 

 



 

こうして――

この夜を境に、私の気持ちはもう後戻りできなくなっていた。

そして、まだこの先に待つ新たな動きなど
私は知るはずもなかった。
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