黒兎の相棒は総長でも止められない
第5章

詰められて

「――何してんの?」

 

低い声に固まる私。

振り返った瞬間、凪くんが濡れた髪をタオルで拭きながら
ゆっくりこっちを見てた。

 

「ち、違…!べ、別に!!」

 

「ふーん」

 

ゆっくり近づいてくる凪くん。

静かな足音が余計に心臓を煽る。

 

「何もしてないのに、その引き出しは勝手に開いた?」

 

「た、たまたまだから…!」

 

「たまたま、ね」

 

じわじわ距離を詰められて、私は完全にパニック寸前だった。

 

「そ、そもそも!!」

思わず口が勝手に動く。

 

「凪くんこそ!…こんな趣味、あんの!?」

 

――言った瞬間、自分でも顔が熱くなる。

 

(な、なに言ってんの私…!)

 

でも凪くんは、全然動揺なんてしてなくて
逆にわずかに口元を緩めたまま、目を細める。

 

「んー……どう思う?」

 

「えっ……」

 

「あると思う?」

 

「そ、そんなの…!わ、わかんないよ!!」

 

「ふーん…」

 

凪くんはまるで楽しむみたいに、さらに少しだけ顔を近づける。

 

「もし――」

 

低い声が、ゆっくり耳に落ちる。

 

「……お前が望むなら、試してみる?」

 

「――っ!!」

 

瞬間、息が詰まった。

顔が一気に真っ赤になって、逃げるように後ずさろうとする。

でも――

凪くんの手が先に私の手首を軽く掴んで止める。

 

「逃げんなよ」

 

その声が、妙に優しくて苦しくなる。

 

「ちょ、ちょっと!…バカ!…ほんとに…やめて…!」

 

「冗談だって」

 

口ではそう言いながら――
凪くんの目は、いつもより少しだけ熱を帯び始めていた。

 

ドクン、ドクン――

もう、心臓の音がうるさくて自分でも何言ってるのかわからなくなりそうだった。



手首を掴まれたまま、私は完全に動けなくなってた。

ドクン、ドクン――

心臓が暴れてる音だけが、自分の耳に響いてくる。

 

凪くんはほんの少しだけ顔を傾けて
私の表情をじっと覗き込んでくる。

 

「……そんなに嫌だった?」

 

低い声。

耳元に落ちるその響きに、さらに体が熱くなる。

 

「ち、違うけど…!」

 

「じゃあなんでそんな焦ってんの?」

 

「だ、だって…!」

 

もう言葉にならなくて、視線を泳がせるしかなかった。

 

凪くんはゆっくりと私の髪に軽く指先を触れる。

濡れた髪のタオル越しに、優しくなぞるように撫でてくる。

 

「動揺しすぎ」

 

「……っ!!」

 

「ほら、耳まで熱い」

 

わざとらしく、親指で耳の後ろをそっとなぞられた瞬間――

びくんと全身が跳ねた。

 

「~~っ、やめて…!」

 

「なにが?」

 

「そ、その…からかうの…!」

 

凪くんは、少しだけ息を吐いて小さく笑う。

 

「いや、別にからかってるつもりねぇけど?」

 

「絶対嘘!」

 

「……まあ」

 

そこでほんのわずかに目を細めて、ゆるく低く囁く。

 

「お前が反応いいから、つい面白くなんだよ」

 

「~~~~~~っ!」

 

もう顔が完全に真っ赤だった。

ドクン、ドクン、ドクン――

逃げたくて、でも逃げたくないこの感覚。

自分でも処理しきれなくて、胸が苦しくなる。

 

(ほんとにもう…限界…)

 

でも――

まだ凪くんの目は、わずかに遊ぶように光っていた。

まるで「まだ先がある」とでも言いたげに。
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