黒兎の相棒は総長でも止められない
バイクのタイヤが軋み、地面を滑る音と共に次々と男たちが倒れていく。

ガンッ! バキッ!!

鉄パイプの鈍い音、怒鳴り声、叫び声――
混沌の渦の中、凪と兄は互いに背を預け合いながら数を減らし続けていた。

 

「……まだかよ、こいつら」

 

凪が息を荒げずに呟く。

汗が額を伝い、黒髪が微かに揺れる。
それでも視線は冷静に全体を捉えていた。

 

「仕掛けんのが遅せぇだけだ」

兄が短く返し、目前に突っ込んでくる相手を一発で沈めた。

 

だが――

相手のリーダー格がゆっくりとバイクを降りる。

その後ろから、これまで姿を見せていなかった数名が現れた。

 

鉄パイプよりも重そうな鉄棒。
鈍く光るチェーン。

明らかにこれまでとは違う空気が流れ始める。

 

「……ここからが本番だろ?」

相手リーダーがニヤつきながら低く言った。

 

「ほんと、クソだな」

凪が静かに吐き捨てた。

 

兄も低く睨みながら肩越しに声を落とす。

「凪、ここからは――あんま下がんなよ」

 

「言われなくても」

 

その直後――

 

ドッ!!

 

突然、後方から何かが飛んだ。

火炎瓶だった。

 

ガシャッ!!

 

道路脇に置かれていた廃車に直撃し、激しく炎が上がる。

 

「……てめぇら、何仕込んでやがんだ…!」

兄の声が低く唸る。

 

「遊びじゃねぇんだよこっちは。潰す」

相手のリーダーが吐き捨てる。

 

その瞬間――さらに複数人が一気に凪に向かって突っ込んできた。

 

「凪っ――!!」

兄が叫ぶが、もう動きは止められない。

 

凪は瞬時に身を捻り、最初の一人の脇腹へ蹴りを入れる。
が、すぐ後ろから別の男が鉄棒を振り下ろしてきた。

 

ガンッ!!!

 

凪の肩口に直撃する衝撃音が響く。

 

「……ッ…!」

 

片膝をつく凪。

そこへさらに数人が一斉に襲いかかる。

 

「離せゴラァアアア!!!」

兄が怒鳴りながら間に割って入ろうと突っ込む。

 

だが、別方向からも複数人が兄を押し留めに掛かる。

 

「凪!!!」

 

炎が爆ぜ、爆音と怒声が響き、夜の空気が完全に狂っていく。

凪の視界が揺れ、膝をついたまま重く息を吐いた。

 

(……やべぇな…)

(でも――折れる気はねぇ)

 

歯を食いしばりながら、再び拳を強く握り直した――

鉄の鈍い音と怒鳴り声が、夜の空気を切り裂いていく。

兄は数人を蹴散らしながら、必死に凪へと距離を詰めようとしていた。

 

だが――

相手も兄の動きを警戒して、人数を割いて兄の足を止めにかかる。

 

「邪魔すんなコラァッ!!」

 

兄の怒声が響く。

次々に襲いかかる相手を殴り倒していくが、数が減らない。

 

その間にも、凪の周囲に集まった奴らはさらに動きを速めていた。

 

「……チッ」

 

肩を押さえながらも、凪は冷静に隙を探す。

が、鉄棒を握った男が背後に回り込む。

 

「逃げんな!!」

 

ガンッ!!

 

今度は背中に鈍い衝撃が響いた。

膝が崩れかける。

 

「ッ…はぁ…」

 

息が荒くなる。
視界がじわじわと滲み始めていた。

 

(……マズいな…一瞬でも意識飛ばせねぇ)

歯を食いしばる凪。

 

「おらぁ!立てよ!!」

 

相手がさらに鉄棒を振り上げようとした瞬間――

 

「凪ィ!!!」

 

兄の怒声が割って響く。

 

ドンッ!!

 

兄が背後からその男に飛びかかり、鉄棒ごと地面に叩き倒した。

 

「……何隙見せてんだよバカが…!」

 

「助かった」

 

凪はわずかに苦笑を浮かべる。
が、まだ敵は残っていた。

 

相手のリーダー格がゆっくりと前に出てきた。

 

「……しつけぇな、お前ら」

 

兄は鋭く睨み据えたまま、ポケットからナイフを引き抜いた。

銀色に光る刃先が月明かりを反射する。

 

「――こっちももう容赦しねぇぞ」

 

相手側も一気に武器を構え、周囲の空気がさらに張り詰める。

 

(ここが本当の…最後のぶつかり合いになる)

凪も歯を食いしばり、傷だらけのまま再び拳を握りしめた。

 

息を飲む一瞬の静寂のあと――

 

「かかれェェェッ!!」

 

怒号とともに再び全員が殺到していく。

爆音と鉄の衝突音が夜を切り裂き、まるで地獄のような光景が広がっていった――
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