【シナリオ】恋も未来も、今はまだ練習中。

第11話 舞台のあとで、ふたりだけの夜風




○大学ホール・オペレッタ本番当日/午後

 客席は保育園の子どもたちや保護者、先生方でいっぱいだった。
 舞台袖で出番を待つ汐梨は、手のひらに汗をにぎっている。

榛名「大丈夫、稽古の通りにやればいいよ」

美哉「……それでも、緊張するよな」

 ふと、汐梨の手に美哉が自分の手を重ねる。
 あたたかくて、少しだけひんやりしてて、落ち着く温度。

汐梨「……先輩の手、落ち着く」

美哉「でしょ。俺、緊張する人の手、よく握ってきたから」
 ※そのあと照れたように笑う

 そして本番――
 ピアノが始まり、照明が灯る。
 汐梨は堂々と、けれど優しく、歌い、演じた。
 誰かのためじゃなく、“自分のために”舞台に立つのは、初めてだった。


 

○終演後・舞台裏

 カーテンコールの拍手が鳴りやまず、
 子どもたちの笑顔と「せんせい!かわいかったー!」の声に、汐梨は目頭が熱くなる。

榛名「おつかれさま、主演!」

部員たち「ブラボー!」「主役の汐梨ちゃん最高!」

 バタバタと片づけが進み、ひと息ついたころ。
 舞台裏のベンチで、汐梨はひとり、ペットボトルを口にする。

 そこへ――

美哉「おつかれ、汐梨ちゃん」

 静かに、でもちゃんと寄り添うように美哉が隣に座る。

汐梨「先輩のおかげで、最後まで歌えました」

美哉「俺は弾いてただけだよ。……でもさ、ほんとにすごかった」

 少しだけ沈黙。
 気まずさではなく、安らぎの沈黙。

汐梨「あの……先輩」

美哉「うん?」

汐梨「……わたし、先輩のピアノが好きです。……先輩も」

 言葉にしたあと、恥ずかしくなって視線をそらす汐梨。

美哉「それ……告白?」

汐梨「ち、違います! あ、いや……ちょっと違わない、かも……」

 笑いながら、でもふざけずに、美哉が言う。

美哉「俺も、汐梨ちゃんのこと好きだよ。演技も、歌も、顔も、声も、全部」

 ぽんっと、汐梨の頭をやさしく撫でる。

美哉「ちゃんと伝えたかった。今日、終わったら言おうって決めてた」

 夕暮れが差し込む舞台裏。
 二人の距離は、もうほとんどゼロだった。


 

○大学キャンパス・中庭/夜

 打ち上げのあと、少し酔ったメンバーが騒ぐ中。
 汐梨と美哉は、静かな中庭を歩いていた。

汐梨「……本当に、夢みたい」

美哉「現実だよ。こうやって、隣にいるし」

 ふいに、美哉が足を止める。
 そして、汐梨の前に立つと――

美哉「汐梨ちゃん、目、閉じて?」

汐梨「えっ……先輩?」

美哉「……キス、していい?」

 汐梨は言葉にできず、でもそっと目を閉じる。

 そして、やさしく、ふれるだけのキス。
 だけど、心にずっと残る、やさしいキス。



 

○汐梨の独白・帰り道

(これは、大学に入って、はじめての春。
 はじめての舞台で、はじめての恋をして。
 たくさんの“はじめて”が重なった、たったひとつの今日。
 きっと私は、これからも、柴崎先輩と――)
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