年下敏腕パイロットは想い焦がれた政略妻をこの手で愛して離さない


「鷹野」
不意に名前を呼ばれ、足が止まる。落ち着いた低い声。その響きに覚えがあり、嫌な予感が胸をよぎる。
ゆっくりと振り向くと、ロビーの奥、バーカウンターの片隅でグラスを傾ける男と目が合った。

「木村機長……」
カウンター席に座りながらも、その視線は鋭く、まっすぐにこちらを見据えている。
落ち着いた動作でグラスを置き、ゆっくりと脚を組み替える姿は、男の俺ですら見惚れるほどだった。
よりによって、こんなタイミングで――。

「今、一番会いたくない人ナンバーワンだな」
そう心の中で呟きながら、俺は静かに彼のもとへと歩き出した。

「お疲れ様です。機長も今日はパリだったんですね」
なんとか冷静を装いそう聞いた俺に、木村機長は「まあな」とだけ答え、自分の隣の席を目で促す。
長話をする気分ではなかったが、もちろん拒否権などなく、俺は静かに座り、「同じものを」と伝えた。

運ばれてきた琥珀色の液体に、大きな宝石のような氷が浮かぶ。グラスを眺めていると、不意に木村機長がグラスを置く音がした。

「俺がここにいること、偶然だと思うか?」
「え?」

まさか、こんなところまで俺に話をしに来たとでもいうのか。思い切り怪訝な顔をしてしまったようだが、木村機長は気にする様子もなく、言葉を続けた。
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