王太子の婚約破棄で逆ところてん式に弾き出された令嬢は腹黒公爵様の掌の上【短編】
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「全く……相変わらず騒がしい令嬢だな」
静かにティーカップを置いたアルベルトが、嫌味ったらしく言い放った。
「なんですって?」
途端にディアナの眉が吊り上がる。彼女は彼の一挙手一投足が気に食わなかった。
こんな奴が新しい婚約者だなんて、お父様はどうかしてる。
「これからは公爵夫人となるのだ。もっと慎ましやかにしたまえ」
「ですから、結婚なんて――」
「やれやれ。君も意外に頭が悪いな」
「なっ……!?」
「今の君の存在は、政治的に非常に不安定だ。長年、第二王子の婚約者として過ごしてきたので、王族の機密情報を見聞きしているだろう?」
「そうですが……。まだ婚約者の段階でしたので、ほんの少しです」
「それは君の主観に過ぎない。王族の情報は、例え僅かだとしても喉から手が出るほど欲している人間は多い。君の人権など無視をして悪用しようとする輩も出るかもしれない。……もしかしたら、口封じに王族自体が――」
「やめてください! 不敬です!」
「可能性の話だ」
「ハインリヒ殿下は、そんな方ではありません!」
アルベルトは肩を竦めて、
「私は実際に君を狙おうとしている他国の情報を入手したのだ。面倒事が起こる前に、自分が引き取ったほうが良いと思ってな」
アルベルトはニヤリと意地悪そうな笑みを口端にたたえた。
「それに、もう伯爵とは話がついている。君に選択の余地はない」
「お父様!」
彼女の怒りは、今度は父へと向く。
伯爵も二人の仲がよろしくないことは知っていた。なのに婚約だなんて、信じられなかったが……。
「ディアナ、公爵の提案は我々にとって願っても見ない幸運だ。残念だが、もうお前には後がない。この縁談は喜んで引き受ける以外に選択はないだろう?」
「私は、結婚などしなくても結構です!」
「馬鹿言うんじゃない! お前の弟も屋敷の人間も『あんなじゃじゃ馬を一生面倒見るのなんて御免だ』と言ってるぞ!」
「なぁんですって……!?」
剣呑な様子で睨み合う父娘。
公爵は目をぱちくりさせながらその様子を窺っていたが、
「くくっ……あはははは!」
とてもおかしそうに声を出して笑った。
「笑わないでください!」
ディアナは顔を赤くしながらアルベルトを睨んだ。一番見られたくない人間に醜態を見られて、とっても悔しい。
「失敬、失敬」公爵は笑いをこらえながら言う。「君は他の令嬢よりも、伸び伸び育ったとは思っていたが……。家族の信頼関係がしっかりと築かれているのだな。素晴らしい」
貴族社会は当主の存在は絶対だ。中には、妻や娘は「物」と同等の認識の家長もいる。
しかしディアナの父は、妻や娘の意思を尊重してきていた。
「自由にさせすぎたら、すっかりお転婆娘に育ってしまいました。なんともお恥ずかしい」と、伯爵は肩を竦める。
ディアナがちょっと居心地の悪い思いをしていると、
「いや……」
アルベルトはふっと優しそうに目を細めた。
「伯爵の教育が素晴らしいので、こんな素敵な令嬢になったのでしょう。縁談を受けてくださって心から感謝いたします」
公爵の意外すぎる感謝の言葉に、父も娘も身体が凝り固まった。
(えっ……。なんで……? なんで褒めるの? どういうこと……?)
にわかにディアナの脈が跳ねる。ずっといがみ合っていた公爵の口から、あんなセリフが出てくるなんて。
それに……優しい瞳に、柔らかい声音。
これまでに見たこともない彼の様子に、彼女の心はかき乱れていた。
なぜか顔が上気して、胸の高鳴りが止まらなかった。
こうして、アルベルト公爵とディアナ伯爵令嬢の婚約が決まったのだ。