魔法のマーメイドクラブ

1、クリオネのお友だち

 小さいときの記憶って、ほとんど残っていない。
 トマトになりたいくらい好きだったこと。幼稚園のうさぎのぬいぐるみで遊んでいたことは、なんとなく覚えている。

 楽しかったことも、大きくなっていつの間にか忘れていた。

 花池美波(はないけみなみ)、小学五年生。
 工作や絵を描くことが好きで、体育がちょっぴり……ううん、大の苦手。その中でも、水泳の時間が一番キライ。


「た、たすけ──て! だれ──か──」

 もがいても、もがいても。体が重くて浮かべない。
 はるか深い海の果て。真っ青な水の底へ沈んでいく。
 これが、走馬灯(そうまとう)っていうやつかな。遠い記憶で出会った、神様が見える。
 キラキラしてて、時間が止まっているみたい。

 わたし……、ここで死ぬのかな。

 そのとき、ザバーンッと水しぶきを上げて、いきおいよく水面へ飛び出した。


「ゴホッゴホッ──」

 せき込みながら、そっと目を開ける。
 あれ……? 誰かの肩に乗っかって、水の中を歩いていく。
 少し水を飲んじゃったけど、呼吸が落ち着いてきた。わたし、助かったんだ。

 数秒たって、まわりのざわつきに気がついた。クラスの子たちが集まってきて、何か話している。
 ちょっと待って。黒い水泳帽に、この整った横顔は、もしかして──。


「足、もうつくだろ」

 プールの端あたりまで来て、おんぶされていた体がストンと降ろされた。
 やっぱり。助けてくれたのは、同じ三組の霧谷叶斗(きりやかなと)くん!

「ご、ごめ……、ありが……ブォアッ」

 あわてた拍子に足がすべって、ドボンと水の中で転がる。アップアップと水面へ顔を出したときには、霧谷くんはプールサイドへ上がっていた。
 ゆっくり歩きながら、プールのへりをつかむ。よかった。思い出すだけで、ゾッとする。
 カナヅチであるわたしは、本日水泳の授業で死にかけました。
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