キスはボルドーに染めて
 あのまま陽菜美が声を出さなければ、もしかしたら蒼生は自分自身でプレゼンをつぶしていたかも知れない。

 それほど一瞬だが、自分を見失ってしまったのだ。


 ――でも、陽菜美は自分で解決した。そしてあの場にいる社員たちの心を、ひとつにまとめたんだ。


 蒼生は遠くを見るように目を細めると、ふっと口元を緩ませる。


「陽菜美は、はちゃめちゃだからな」

 蒼生の声に、杉橋は思い出し笑いをするようにぷっと吹き出した。

「まぁ確かに。あの美智世社長に、あれだけはっきり言った人間は、陽菜美ちゃん以外いないだろうね。でもさ、カッコいいなって思ったよ」

 杉橋の言葉を聞きながら、蒼生の瞼に陽菜美の顔が映る。

 このプレゼンを守るため、美智世に立ち向かった陽菜美の姿は、何よりも美しいと思った。


「俺には(かな)わないよ」

 つぶやくように言った蒼生に、杉橋は机に頬杖を突きながらにっこりとほほ笑む。

「蒼生がそんな風に言うなんて、珍しいね。よほど大切なんだね。陽菜美ちゃんのことが」

 杉橋の声に蒼生は一瞬瞼を開いてから、自分でも納得したように静かにうなずいた。

「あぁ、そうだ。とても大切な女性(ひと)なんだ」

 蒼生は想いを込めるようにそう言と、静かに瞳を閉じたのだ。
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