キスはボルドーに染めて
 せっかく名門のシャトーまで来て、ワインの試飲すらしていなかったことに、今更気がついたのだ。

 目をまん丸に見開く陽菜美の姿に、蒼生は再び楽しそうに笑い声をたてる。

 陽菜美はその声につられるように、笑顔で大きく手を振った。


「じゃあ、ヴィンテージものでお願いしますね!」

「あぁ、任せろ」

 蒼生もそう言うと片手を高く上げている。

「いつか……また」

「あぁ、いつかまた会おう」

 陽菜美は満面の笑みを蒼生に返すと、くるりと背を向けて歩き出した。

 歩きながら陽菜美は、小さな鞄をぎゅっと両手で握り締める。


 きっともう二度と蒼生に会うことはないだろうと思う。

 それでも、失恋の傷に耐え切れずここまで逃げてきた自分が、今こうして顔をあげて進むことできるのは、蒼生に出会ったおかげだ。

「ありがとう」

 陽菜美はそう小さくつぶやくと、一歩一歩足を進める。

 決してもう泣かないと、心に刻みながら。
< 15 / 230 >

この作品をシェア

pagetop