キスはボルドーに染めて
 心が疲れ切ってやつれた顔を洗い、メイクをした陽菜美はスーツを着替え、会社へと向かうために玄関を出た。

 こんなに憂鬱な気持ちで電車に乗るのはいつぶりだろう。

 そういえば、ボルドーから帰って来てすぐ、出社する時も憂鬱だったなと思い出す。

「でも、あの時の方が、今より遥かに楽だった……」

 陽菜美は電車に揺られながら、じわじわと潤みだす瞳に慌てて目を閉じる。

 あの時は蒼生が背中を押してくれた。

 だから陽菜美は前を向けたのだ。


 ――でも、今は……。


 陽菜美は肩にかけていた鞄から、スマートフォンを取り出す。

 メッセージアプリを開き、蒼生のアイコンを押したところで、陽菜美はぴたりと手を止めた。

 もしかしたら、蒼生は会社にいるかも知れない。

 陽菜美はほんの少しの期待を頼りに電車を降りると、やや早足で会社へと向かった。


「おはようございます」

 腫れた目元を悟られないように、ややうつむき加減に皆と挨拶を交わし、陽菜美は小走りで経営企画室に向かう。
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