キスはボルドーに染めて
 蒼生が急に口をつぐみ、静かに顔を上げた陽菜美は、遠くを見つめる蒼生の横顔を見てはっとする。

 それはあのボルドーの夕日の中で見た蒼生の顔と同じだ。

「でも……?」

 不安になりつい声を出した陽菜美に、蒼生は悲し気な笑いを浮かべると揺れる瞳を向けた。


「一年後、こっちに戻って来た時、純玲はすでに兄の妻になっていたんだ」

「え……?」

「俺が海外にいる間、誰一人その事実は教えてくれなかった。隠してたんだろうな」

「そんな!」

 陽菜美は思わず叫び声を上げる。


「後から聞いた話では、俺の海外赴任の話自体が、兄が仕組んだものだった。よほど純玲を手に入れたかったらしい……」

 蒼生の話に陽菜美は愕然とする。

 まさか蒼生の身に、そんなことが起きていたなんて思いもよらなかった。


 ――だから蒼生さんは、あんなに悲しい瞳をしていたんだ……。


 陽菜美の頬を冷たい涙がポツリと零れる。

 その時の蒼生の気持ちを考えるだけで、胸が張り裂けそうになる。

 しばらく車内に陽菜美の鼻をすする音が響いた頃、蒼生は左にウインカーを出し、ゆっくりと車を停車させた。
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