キスはボルドーに染めて
 ここに来るまでだって、さんざん泣いてきたはずだ。

 それでも涙は枯れることなく、いつまでもいつまでも溢れてくる。

 陽菜美はボブの髪を揺らしながら泣きじゃくると、そのまま農道の真ん中に膝を抱えてうずくまった。


 ここはどうせ人っ子一人いない、馬鹿みたいに大きな葡萄畑だ。

 陽菜美が大泣きしていたって、誰の迷惑にもならないだろう。

 収穫期を終えた秋の葡萄畑は、黄緑色から茶褐色へと変化した葉がざわざわと風に揺られている。

 その音があまりにも寂しくて、陽菜美は再び「わぁ」と声を上げて泣き出した。


 すると、しばらく子どものように泣いていた陽菜美の耳に、突然誰かの足音が聞こえた気がして、陽菜美は悲鳴を上げると反射的に立ちあがった。

「君、大丈夫か?」

 突然かけられた母国語に、陽菜美はひどく動揺しながら「だ、大丈夫……です」と小さく声を出す。

 目の前のスーツ姿の男性は、はぁと一つ息を吐くと、安心したように軽くネクタイを緩めた。
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