キスはボルドーに染めて
 背の高い男性を見上げるように顔を上げた陽菜美は、まるでどこぞのモデルかと思うほど綺麗な顔立ちをした男性に、思わず時が止まったように立ち尽くしてしまう。

「誰か歩いてくるなと思ったら、急に大声で泣き出すから驚いたよ」

 男性は整った顔を歪めると、もう一度大きく息をついた。

「す、すみません。まさかこんな、だだっ広い畑に、ピンポイントで人がいるとは思わなくて……」

 陽菜美はまだドキドキと動揺している心臓を押さえつけるように声を出すと、すっかり乾いてしまった涙の痕を慌てて両手でゴシゴシとこする。

 男性はそんな陽菜美の様子にぷっと吹き出すと、くくくっと肩を揺らして笑い出した。


 ――随分、楽しそうに笑う人だな……。


 バックに流した黒髪を揺らしながら笑う男性の姿に、陽菜美はしばらく見とれていたが、自分も一緒になってくすくすと笑いだしてしまう。

 まさか傷心旅行の異国の地で、初対面の男性と大声を出して笑い合うとは思いもよらなかった。
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