キスはボルドーに染めて
 三年前のあの日、純玲は夜遅くに突然蒼生のマンションを訪ねてきたそうだ。

 純玲と兄が結婚して以来、親戚の集まりにも顔を出していなかった蒼生は、久しぶりに見る元恋人の思いつめた表情にやや困惑したという。


「俺が玄関先に出ると純玲は泣いていた。そして思いつめた顔で言ったんだ。今日しかチャンスはない。今から自分を抱いて欲しいと……」

 蒼生の言葉に、皆がはっと顔を上げる。

 陽菜美は急にドキドキと苦しくなる胸元をぎゅっと掴んだ。

「俺は当然、そんな事は出来ないと言った。そして兄さんの元に帰るように言ったんだ。純玲はしばらく玄関の外に立っていたが、いつの間にか姿を消していた」

 シーンとした部屋の中で、蒼生の低い声に重なるように、純玲のすすり泣く声が響き出す。

 蒼生はそのまま言葉を続けた。


「でも明け方、胸騒ぎがした俺は純玲の番号に電話をかけた。そうしたら……」

「そうしたら……?」

 陽菜美は不安になり顔を上げる。

「純玲が泣きながら、見知らぬ男に無理やりホテルに連れ込まれたと言った」

「え……」

 苦しそうに目を閉じる蒼生の言葉に、皆が一斉に息を飲む。
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