キスはボルドーに染めて
 初めてボルドーの葡萄畑で出会った時から、そうだったのだろうと思う。

 陽菜美は蒼生の、この笑顔に救われた。

 ふとそんなことを思いながら、蒼生に見とれてしまった自分に気がつき、陽菜美は慌てて再び頭を下げた。


「本当に蒼生さんのおかげです。明日から、また前を向いて頑張ります。なので、蒼生さんもお元気で……」

 陽菜美は一気にそう言い切ると、パッとその場を立ち去ろうとする。

 勢いで足を踏み出さなければ、きっと別れがつらくなると思ったからだ。


「陽菜美」

 すると低い声が響いた次の瞬間、振り向いた陽菜美の身体は、蒼生の長い腕にぐっと絡め取られていた。

「まさか、このまま帰る気じゃないよな?」

「え……?」

 驚いて顔を上げる陽菜美の前に、蒼生がにんまりと笑った顔を覗き込ませる。

「俺は君を、このまま帰すつもりはないんだが……」

 妙に色っぽい蒼生の口調に、陽菜美は急に体中が火照ったように熱くなってくる。

「そ、それって……どういう……」

 頭の中で言葉がぐるぐると巡りながら、顔を真っ赤にさせた陽菜美に、蒼生は楽しそうにあははと声を上げた。
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