キスはボルドーに染めて
 ひとしきり笑い合った後、陽菜美は改めて頭を下げる。

「ご心配かけてすみませんでした」

 男性は楽しそうに首を横に振ると、陽菜美の顔を小さく覗き込んだ。

「それにしても、どうしてここへ? 仕事……の、はずはないよな」

 首を傾げる男性に、陽菜美は小さく肩をすくめると、目の前の葡萄畑の遥か後方に見える、今はオレンジ色に染められた海を眺める。


「新婚旅行……の、はずだったんですけど……」

「新婚旅行?」

 不思議そうな顔をする男性に、陽菜美はえへへと無理やり作り笑いを見せた。


「私、ここのシャトーのワインには、特別に大切な思い出があって。だから新婚旅行は、絶対ここに来たかったんです……。彼も『いいね』って言ってくれてたし……」

 陽菜美は一旦口を閉じると、ふうと小さく息をつく。

「でもまぁ、そう思ってたのは私だけだったみたいで。要は二股の末、あっけなく捨てられたんです」

 ため息とともに吐き出した言葉に、男性の瞳が小さく揺れる。
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