キスはボルドーに染めて
 陽菜美が声を上げ、ソファにバタンを倒れ込んだ時、コンコンというノック音とともに扉が開く。

「こんにちは」

 突然顔を覗かせた背の高い男性に、陽菜美は軽く悲鳴を上げると、慌てて飛び起きた。


 陽菜美が働き出して以降、この部屋を人が訪ねてきた事は数えるほどしかない。

 総務部の社員が、陽菜美の入社書類を持ってきたのと、システム部員がパソコンを持ってきたときの二度だけだ。

 そして二人とも、恐る恐る部屋に入るとサッと説明を終え、そそくさと退散して行ったのが印象に残っている。


「ど、どちら様でしょうか?」

 男性が誰かわからず戸惑う陽菜美に、男性はにっこりと愛想のよい笑顔を見せた。

「俺は営業部の杉橋 洸平(すぎはし こうへい)。あれ、蒼生は? まだ出社してないの?」

 杉橋は他の社員とは違って、何の躊躇(ためら)いもなく部屋に入って来ると、やや栗色の柔らかそうな髪を揺らしながら首を傾げる。

 陽菜美はそっと杉橋の姿を伺った。

 年齢は陽菜美よりも少し上で、蒼生を呼び捨てにするところを見ると、親しい同僚なのかも知れない。
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