キスはボルドーに染めて
 その様子に満足したのか、美智世はふんと鼻を鳴らすと、陽菜美には一切目もくれず扉の前に向かった。

 秘書が入り口の扉を押し開け、フロアの外に足を出した美智世は、何かを思い出したように「そうそう」とわざとらしい声を上げる。


「ところで蒼生さん。新規企画のプレゼンですが、日程を来週に変更させましたわ」

 来週という言葉に、陽菜美が驚いて顔を上げると、さっきまで直立不動だった杉橋も「え!?」と思わず声を漏らす。

「来週? プレゼンをしろと言われたのも、つい先日です。随分と急な日程ですね」

 蒼生は表情を変えずに聞き返した。

 美智世は背中を向けたまま、大きく両手を横に開く。


(わたくし)も忙しいのですよ。企画を聞いてあげると言っているのですから、それだけでも感謝してもらわないと。まぁ、あなたの最後の晴れ舞台になるかも知れませんけどね」

 美智世は振り向くことなく、吐き捨てるようにそう言うと、ヒールを響かせながらその場を後にした。
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